松田聖子さんの旦那さんと言えば、「ああ、あの歯医者さん!」とすぐピンとくる方もいるのではないでしょうか。
その名も河奈裕正(かわなひろまさ)さん。
慶應義塾大学医学部出身の歯科医師で、過去には同大学の准教授というポジションにいました。
穏やかで知的な雰囲気の方で、医療業界でも高い評価を受けていたそうです。

一方で、松田聖子さんとの再婚がきっかけで、大学を「都落ち」とも噂される異動をしてしまったことも話題になりました。
ということで、彼は一度離婚しており前妻がいます。
特に前妻との離婚の経緯は、「もう少し配慮があっても良かったんじゃないかな?」と正直思います。
今回は河奈裕正(かわなひろまさ)さんの前妻についてまとめていきます。
河奈裕正の前妻とは?医者と看護師の遠距離恋愛
河奈裕正さんの前妻は、8歳年下の看護師だったと伝えられています。
彼女は一般人ということもあり、名前や顔写真は一切公開されていませんが、河奈さんを献身的に支え続けた良妻だったと報じられています。
出会いは病院で前妻はまだ若手の看護師として勤務していたそうです。

出会った頃は河奈裕正さん27歳、前妻19〜20歳ぐらいかな

おそらく最初は医療現場の同僚という関係だったのではないでしょうか。
その後は日本とドイツの遠距離恋愛を乗り越えて無事に結婚。
だからこそ、その後の離婚という結末が余計に悲しく思えてしまいます。
河奈裕正の前妻との出会いは静岡の病院
河奈裕正さんの前妻について、わかっている情報は限られていますが、彼女は8歳年下の看護師であったことが報じられています。
結婚後は専業主婦になったと言われていますが、結婚前は医療の現場で働いていました。
また、彼女が勤務していたのは静岡県の病院で、出会った当初の彼女はまだ若く、新人看護師だった可能性が高いですね。

医者の配偶者として看護師が多い傾向はあるよ
医師と看護師の関係は、医療の現場では珍しくなく、長時間一緒に仕事をする中で自然と距離が縮まっていったのでしょう。

彼女が静岡の病院で河奈裕正さんと出会わなければ、今頃まったく違う人生を歩んでいたかもしれません。
前妻は遠距離恋愛の末、1995年に結婚
河奈裕正さんと前妻は順調に恋愛していたようですが1993年、河奈裕正さんが 2年間のドイツ留学に旅立つことになったのです。

若いカップルにとって、海外留学による遠距離恋愛は決して簡単なものではありません。
特に、当時は今のように気軽にビデオ通話ができる時代ではなく、連絡手段は手紙や国際電話が主流だったはず。
今と比べて、距離を感じる環境だったことは間違いありません。
それでも二人は関係を続け、1995年に結婚しました。

河奈裕正さん31歳、前妻は23歳かな
交際当初から支え合い、留学中も関係を続けていた二人にとって、この結婚は大きな節目だったはずです。
しかし、結果的にこの結婚は長くは続かず、2010年に離婚という形で終わってしまいます。
離婚に至るまでの経緯が絶句
2010年5月、河奈裕正さんは突然、前妻に「離婚したい」と切り出しました。

それまで15年間の結婚生活を共に過ごし、双子の子供もいたのに、前妻にとってはまさに青天の霹靂だったことでしょう。
しかも、離婚の理由について当初 「女性関係が原因ではない」と説明していたと言われています。
松田聖子が河奈裕正にアプローチ!
河奈裕正さんと松田聖子さんの出会いはフジテレビ局内の歯科診療所でした。
松田聖子さんが 番組収録中に歯の痛みを訴え、治療のために訪れた際に担当したのが河奈裕正さんだったのです。
当時の松田聖子さんは、すでに「恋多き女性」として有名でしたよね。
過去には俳優の神田正輝さんとの結婚・離婚を経験し、その後もさまざまな男性と噂になっていました。

そして、彼女は 「昔から医師と結婚したい」と公言していたことでも知られています。
そんな中で、出会ったのが河奈裕正さん。
彼は慶應義塾大学医学部の准教授で、歯科医としても一流のキャリアを持つ男性。

しかも、温厚な性格で、メディアに露出しすぎていない点も松田聖子さんにとって魅力的だったのかもしれません。
関係者の証言によると、松田聖子さんが積極的にアプローチを仕掛けたと言われています。
「先生、素敵ですね」「また診てもらいたいです」といった何気ない言葉を重ねながら、少しずつ距離を縮めていったのでしょうか。
河奈裕正は、なぜ前妻との離婚を決断したのか?
ただ、ここで疑問なのは、なぜ河奈裕正さんは、15年の結婚生活を捨ててまで松田聖子さんを選んだのか? という点です。

もちろん、松田聖子さんは 日本を代表する歌手であり、カリスマ的な魅力を持つ女性。
でも、河奈裕正さんには 長年支えてきた妻がいて、双子の息子もいました。
普通に考えれば、「家庭を守る」選択をしてもおかしくなかったはずです。
一部では
松田聖子の熱烈なアプローチに抗えなかったのでは?
という声もあります。
松田聖子さんは恋愛に対して非常に情熱的なタイプで、「絶対にこの人がいい!」と思ったら猛アプローチをかけることで知られています。
その積極性に押される形で、河奈裕正さんの気持ちが前妻から離れていったのかもしれません。
離婚の裏側にあった「本当の理由」関係者の証言と考察
河奈裕正さんが前妻との離婚理由について「女性関係ではない」と説明していました。
ですがその後すぐに松田聖子さんとの関係が報道されたことで、多くの人は「やっぱり不倫だったの?」と疑いましたよね。

これに関して当時の関係者の証言や週刊誌報道を改めて振り返ると、かなり興味深いことが見えてきます。
まず、離婚を切り出した2010年5月以前に、ふたりの関係が実際に始まっていたのかどうか、正確なことは公表されていません。
ですが
- 2010年に離婚を宣言
- 離婚成立からわずか3か月後に松田聖子さんの住まいの近くに引っ越し
- 2012年には結婚
ということです。
「離婚を切り出した時にはもう関係が深まっていた」と考えるのが自然な気がします。
実際、関係者の証言でも、松田聖子さんからの熱烈なアプローチはかなり早い段階で始まっていたという話もあります。
さらに疑問に思うのは、河奈さんがなぜ「女性関係が原因ではない」と言い張ったのかという点。
これはおそらく、慰謝料問題や世間体など、いろんな事情を考えてのことだったんでしょうね。
でも結果的には裏目に出てしまい、世間の印象はむしろ悪化した気がします。
結局、真実を隠したことが、かえって世間の批判を大きくしてしまったのではないでしょうか。
前妻は、この「嘘」によって二重のショックを受けたと思います。

出典元:Newsポストセブン
もし河奈さんが最初から正直に伝えていたら、前妻の受ける傷はもっと浅かったかもしれませんよね。
前妻の気持ちを考えると…
それにしても、前妻の立場からすると 「なんで?」「どうして?」 の連続だったでしょうね。
何年も支えてきた夫が、ある日突然「離婚してほしい」と言い出す。
その理由が 「女性関係ではない」 なんて言われたら、信じるしかなかったはず。
しかし、夫は松田聖子と結婚。
こんな展開を見せられたら、激怒するのも無理はないですよね。
彼女は夫のことを15年間も信じてきたのに、最後の最後で裏切られた形になったわけですから。
結局のところ、河奈裕正さんが前妻を裏切ったのか、単なる運命の流れだったのかは、本人にしかわかりません。
結果だけを見れば、前妻が一番の「被害者」だったのは間違いないでしょう。
河奈裕正と松田聖子:略奪婚とされた理由
河奈裕正さんと松田聖子さんが結婚した際、世間では「略奪婚」とかなり批判されました。

その理由はやっぱり、「離婚後わずか3ヶ月で松田聖子さんの近所に引っ越した」という点にあると思います。
最初から好意を持っていたのは松田聖子さんのほうで、「先生、また診てくださいね!」という感じで積極的にアプローチをかけていたとか。

すでに妻子がいるって知らなかったのかなぁ…
離婚したばかりでそんなに早く再婚する必要があったのでしょうか。
もちろん好きになってしまったら仕方ない部分もあるかもしれませんが、もう少し期間を空けて、周りや家族への配慮を見せたほうが良かった気がしますよね。
「略奪婚」と言われたことで、松田聖子さん側もかなり批判されました。
「国民的スターがまた略奪?」という感じで、当時の世間はかなり厳しい目で見ていましたね。

松田聖子さんは3回目の結婚だった訳だもんね
ふたりの結婚が、河奈さんの前妻や子供たちを傷つけてしまったのは否定できない事実だと思います。
「略奪婚」かどうかは本人たちしか分からないかもしれませんが、もう少し配慮や思いやりがあっても良かったのかもしれません。
河奈裕正と前妻の間には双子の男の子
河奈裕正さんと前妻の間には、双子の男の子がいました。
家族4人で穏やかに過ごしていたはずの生活が、ある日突然、崩れ去ることになります。

2010年5月、河奈裕正さんが 「離婚したい」 と切り出した時、前妻はもちろんですが、一番ショックを受けたのは子供たちだったのではないでしょうか。
離婚は、大人同士の問題ではありますが、子供にとっては突然、家族がバラバラになる衝撃的な出来事です。
しかも、父親が 自分たちを残して家を出て行く となれば、子供の気持ちがどうなるかは想像に難くありません。
実際、関係者の証言によると
双子の子供たちは、離婚しないでほしいと何度も懇願した
と言われています。
離婚の話し合いの際、子供たちは涙ながらに 「お父さん、離婚しないで!」と説得したそうです。
子供たちにとって、お父さんとお母さんが一緒にいることが当たり前の幸せな日常だったはずです。
それがある日、突然崩れ去るのは考えただけでも胸が痛くなる話です……。
なぜ河奈裕正は、子供たちの言葉を受け入れなかったのか?
ここで疑問なのが、「なぜ、河奈裕正さんは子供たちの言葉を受け入れなかったのか?」ということです。
普通の親ならば、子供たちが涙ながらに訴えれば、「少し考え直そう」となるはずです。
しかし、河奈裕正さんは何も答えず、その場を立ち去ったと報じられています。

この反応を見ると、彼はすでに心を決めていた ということなのでしょう。
すでに松田聖子さんとの関係が進んでいて後戻りできない状況だった可能性も考えられます。
「お父さんが突然いなくなる」という経験は、子供たちの人生に大きな影響を与えたはず。
これは個人的な意見ですが、「離婚するにしても、もう少し子供たちに配慮したやり方があったのでは?」 と思ってしまいます。
父親としての責任とは?
もちろん、大人の恋愛には 「好きになったら止められない」 という側面もあるでしょう。
でも、それを理由に 長年支えてきた家族を突然切り捨てていいのか? という問題は別です。
特に、子供たちにとっては 父親の存在は特別なもの。
それを 「大人の事情」で突然奪われるのは、あまりにも理不尽 ですよね。
結果的に、河奈裕正さんは子供たちの願いを振り切って離婚。
そのわずか3か月後には、松田聖子さんの近くへ引っ越し、2012年には結婚しました。
このスピード感を見ると、やはり 「離婚のタイミングも含めて計画的だったのでは?」と思えてしまいます。
子供たちはその後どうなったのか?
子供たちはその後、母親と一緒に暮らしたとされています。
ただ、父親との関係がどうなったのかは明らかになっていません。
「父親を許せなかったのか?」
「離婚後も関係を続けていたのか?」
このあたりの詳細は不明ですが、もし 「お父さん、離婚しないで」 と懇願した子供たちが、その後父親と距離を置いてしまったのだとしたら……。
それは 河奈裕正さんにとってもつらいことだったのではないでしょうか。
前妻の離婚後の生活:再婚の可能性は?
河奈裕正さんとの突然の離婚後、前妻の生活はどうなったのか、多くの人が気になるところだと思います。
ただ、実は彼女のその後の詳しい情報はほとんど公開されていません。
一部では
離婚後は地元へ戻った
という話もあるものの、明確な情報は出ていないんです。
おそらくメディアや世間の注目から逃れて、ひっそりと暮らしているのだと思います。
また、離婚後に再び看護師として働いているのでは?という噂もあります。
看護師は資格があるので比較的復帰しやすいですし、収入面もある程度安定しています。
ただ、再婚に関しては今のところ具体的な情報がありません。
もしかすると、彼女自身が新しいパートナーと再婚して幸せに暮らしている可能性もありますが、逆に今回の離婚騒動がトラウマとなり、「もう結婚はこりごり…」と思っている可能性も否定できません。

また、ふたりの間には双子の息子がいますが、すでに成人しているため、現在はそれぞれ独立した生活を送っている可能性が高そうです。
前妻の離婚後の人生は決して楽ではなかったと思いますが、もし彼女が再婚や仕事復帰をしているのであれば、強くたくましく生きているかもしれません。
河奈裕正と松田聖子の現在:夫婦関係の真実
河奈裕正さんと松田聖子さんが結婚してから、もう10年以上が経ちますが、実は今でも「本当に夫婦関係はうまくいっているの?」という疑問の声がよく聞かれます。
特に2021年ごろには「夫婦仲が悪化しているのでは?」「もしかして別居?」なんて噂も週刊誌で出ました。
世間もつい、「やっぱりうまくいってないんじゃない?」と疑いの目で見てしまいますね。

実際、ふたりが一緒に公の場に登場することはあまりありません。
ただ、たまに報道される情報では、松田聖子さんが河奈裕正さんの外見やファッションを「改造」しているなんて話もあります。
つまり、松田さん好みのスタイルに変えているってことですよね。
実際に河奈裕正さんは結婚後、以前よりおしゃれになったと評判です。
実際のところ、このふたりが今後離婚する可能性があるかどうかはわかりません。

ふたりの間には子供はいませんし、関係が悪化してしまった場合、離婚という選択肢を取ることは意外と難しくないかもしれませんよね。
今回こそは幸せになってほしいと願いつつも、夫婦関係に関する報道があるたびに「また離婚?」と注目されるのも少し気の毒かなと感じてしまいますね。
まとめ
河奈裕正さんの前妻は、8歳年下の看護師でした。
1991年、静岡県の病院で河奈さんと出会い、遠距離恋愛を経て1995年に結婚。
彼女は夫を支え、家庭を築くことに尽力していました。
しかし、2010年5月、河奈さんが突然「離婚したい」と切り出し、15年間の結婚生活に終止符が打たれました。
当初、離婚理由は「女性関係ではない」と説明されましたが、離婚からわずか3か月後に松田聖子さんの近くに引っ越し、2012年には結婚。
この流れから「略奪婚」と報じられ、前妻は真実を知って激怒したとされています。
公の場には一切姿を見せず、メディアの取材にも応じていないことから、彼女は騒動から距離を置き、静かに暮らす道を選んだのでしょう。
騒動のあと、彼女が心穏やかに暮らしていることを願うばかりです。