ひろゆきの浪人理由と中央大学の真相|夜間や学歴コンプレックスの噂を検証

「論破王」として知られるひろゆきこと西村博之さん。頭の回転が速いイメージですが、実は大学受験では一浪を経験しています。

なぜ浪人したのか、そしてなぜ中央大学を選んだのか、気になりますよね。

調べてみると、そこにはひろゆきさんらしい「合理的すぎる理由」がありました。学歴コンプレックスとの噂や、中央大学の夜間部だったという疑惑の真相にも迫ります。

ひろゆきの学歴と浪人の真相|中央大学を選んだ理由とは

ひろゆきさんの学歴をひと言でまとめると、「最小限の努力で最大限の結果を出す」という彼のスタイルそのものです。まずは結論から見ていきましょう。

  • 最終学歴は中央大学 文学部 教育学科 心理学コース卒業
  • 一浪を経て入学。受験科目が少ない大学を戦略的に選んだ
  • 在学中にバイク事故の慰謝料で米国アーカンソー中央大学へ1年間留学
  • 留学中に「2ちゃんねる」を開設し、人生が大きく動いた
  • 高校は都立北園高校(偏差値64)で、出身は東京都北区の公立校
名前 西村博之(にしむら ひろゆき)
生年月日 1976年11月16日
出身地 神奈川県相模原市(育ちは東京都北区赤羽)
職業 実業家・著述家・YouTuber
代表的な活動 2ちゃんねる開設者、4chan管理人

続いて、学歴の年表も整理しておきます。

西村博之の学歴年表
1983年4月 北区立北園小学校 入学
1989年4月 北区立北中学校(現:桐ヶ丘中学校)入学
1992年4月 東京都立北園高等学校 入学
1995年3月 北園高校 卒業
1995年4月 大学受験に失敗し、浪人生活へ
1996年4月 中央大学 文学部 教育学科 心理学コース 入学
1998年 米国アーカンソー中央大学へ留学(〜1999年)
1999年5月 留学中に「2ちゃんねる」を開設
2000年3月 中央大学を卒業

一浪して中央大学へ!選んだ理由は「一番楽だったから」

ひろゆきさんは1996年4月に中央大学・文学部教育学科心理学コースへ入学しました。中央大学はMARCH(明治・青山・立教・中央・法政)の一つに数えられる名門私立大学で、偏差値は60前後の難関校です。

ただ、現役合格ではなく一浪を経ての入学でした。

では、なぜ中央大学だったのか。そこに学問への情熱があったかというと、まったく違ったようです。「受験勉強をしたくない」という、なんともひろゆきさんらしい理由がスタート地点でした。

暗記量の少ない「政治経済」で受験できる大学を探し、用語集の中でも一番薄い参考書を選んで、自分の学力で受かる大学を戦略的に絞った結果が中央大学だったそうです。

受験はマークシート式だったため、記述式の対策も不要。東大のようなトップを目指して消耗することはせず、社会的な信頼性の高いMARCHレベルは確保するという計算が見事に決まった形ですね。

ご本人も「最低限の努力で生き残ってきたタイプの人生」と語っており、大学受験の時点からすでに「コスパ重視のひろゆきイズム」は完成されていたようです。

中央大学は夜間だった?ネットの噂を検証

ひろゆきさんの学歴について調べると、「中央大学の夜間(二部)だったのでは?」という噂がネット上で見つかります。掲示板やSNSで繰り返し話題になっているテーマです。

結論から言うと、夜間学部だったという確実な証拠は見つかっていません。ひろゆきさん本人が公式に「夜間だった」と語った記録もなく、あくまでネット上の憶測にとどまっています。

この噂が広まった背景には、ひろゆきさんが学歴について発言する機会が多いことや、「一浪でMARCH」という経歴に対する一部の揶揄が絡んでいると考えられます。

いずれにしても、昼間部でも夜間部でも中央大学を卒業した事実に変わりはなく、ひろゆきさん自身は学歴の「看板」よりも「使い方」を重視する姿勢を一貫して示しています。

暇すぎて起業!サイト制作会社「東京アクセス」を設立

大学に入ってからのひろゆきさんは、最短で単位を取りながらのんびり過ごす日々だったようです。真面目に学ぶという意識は正直薄かったと本人も認めています。

ただ、有り余る才能と時間はただの暇では終わりませんでした。「バイト代わりの暇つぶし」として、仲間とホームページ制作の会社「東京アクセス」を立ち上げたのです。

まだインターネットが黎明期だった時代に、いち早くWeb制作に目をつけたのはさすがの嗅覚ですね。

ちなみに、ひろゆきさんが初めて作った個人サイトのテーマは「交通違反の揉み消し方」だったそうです。当時から法律の抜け穴やシステムの裏側を考えるのが好きで、のちの2ちゃんねるに通じる思想をすでに持っていました。

事故の慰謝料でアメリカ留学!アーカンソー中央大学へ

ひろゆきさんは大学3年生の時に1年間のアメリカ留学を経験しています。留学先はアメリカ南部のアーカンソー州にあるアーカンソー中央大学(University of Central Arkansas)です。

留学の動機がまたユニークで、「4年間ずっと日本の教室で授業を受けるのは飽きる」と感じたからだとか。しかも中央大学の制度を活用し、留学先の単位をそのまま卒業単位に認定してもらうことで、留年せずに4年間でストレート卒業しています。

気になるのは留学資金です。ここで飛び出すのがひろゆきさん伝説のひとつ。

原付バイクに乗っていた時にタクシーとの交通事故に遭い、その慰謝料を留学費用に充てたのです。高田馬場の明治通りで直進中、曲がってきたタクシーの後ろに当たって吹っ飛び、横のバスにぶつかったという結構な事故でした。

病院で「骨折はしていない」と言われると、そのままバイトに行ったというのだから驚きです。転んでもただでは起きない、まさにひろゆきさんらしいエピソードですね。

留学中に「2ちゃんねる」を開設した経緯

1998年〜1999年の留学中、ひろゆきさんは日本の情報を得るために総合掲示板サイト「あめぞう」を頻繁に利用していました。しかし当時の「あめぞう」はシステムが不安定で、サーバーが落ちたりデータが消えたりすることが日常茶飯事だったのです。

そこでプログラムの勉強も兼ねて、「あめぞうが落ちている間の避難所」を自分で作ることにしました。それが日本最大の匿名掲示板となる「2ちゃんねる」の始まりでした。

ひろゆきさんが着目したのは、「自分はコンテンツを作らず、場所だけ提供する」という仕組みです。ユーザーが勝手に書き込んでコンテンツが増え、アクセスも自動的に増える。手間をかけずに人が集まるシステムに目をつけた発想は、当時としては革新的でした。

ご本人はこの成功について冷静に分析しており、「能力値が高かったわけじゃなく、ライバルがほとんどいなかっただけ」と語っています。誰も開拓していないブルーオーシャンに、誰よりも早く飛び込んだことが人生の転機になりました。

ひろゆきの大学卒業後|就職せず「管理者」として生きる道

2000年3月に中央大学を卒業したひろゆきさん。ここでもその後の進路に「合理性の塊」が垣間見えます。

目標は「貯金5000万円」!究極の省エネ人生設計

卒業後、友人たちは「インターネットはお金にならない」と言われていた時代もあり、普通に就職していきました。しかしひろゆきさんは就活をせず、2ちゃんねるの運営を継続する道を選びます。

その背景にあったのは独自の人生設計でした。当時、郵便局の定期預金には年利3%もの利子がつく商品がありました。ひろゆきさんはこう計算したのです。「5000万円の貯金があれば、利子だけで毎年150万円が手に入る」と。

年収150万円というと少なく感じるかもしれませんが、学生時代のひろゆきさんはひと月6万円も使わない生活で平気でした。家賃28,000円の格安アパートに住み、食費は実家から送ってもらうお米と、友人から「1品ずつ」おかずをもらって凌いでいたそうです。

月3万円程度で暮らせるなら、年間150万円もあれば一生働かずに遊んで暮らせると確信したとのこと。質素な暮らしが苦にならず、むしろゲーム感覚で楽しんでしまう「生活コストの低さ」こそが、ひろゆきさんの最強の武器なのかもしれません。

ひろゆきの高校・中学・小学校時代のエピソード

大学以前のひろゆきさんの学生時代にも、現在の「ひろゆきイズム」の原点となるエピソードが詰まっています。時系列を遡って見ていきましょう。

高校は都立北園高校|教師を論破して理系を断念

1992年4月に入学した東京都立北園高等学校は、偏差値64(2025年度基準)の進学校です。自由な校風で知られ、私服通学が可能な伝統校でした。

ひろゆきさんは元々コンピュータープログラマー志望で、理系コース(物理専攻)を希望していました。ところが苦手な代数の先生と折り合いが悪く、「なぜ社会に出ても使わない数学を勉強しなければならないんだ!」と議論をふっかけてしまいます。

結果、先生を論破したものの成績が上がるわけもなく、希望していた物理を選択できず、やる気を完全に失って成績は学年で下から10番以内まで落ちてしまったそうです。

高校時代はかなり荒れていた時期もあったと本人が語っています。この挫折経験が、のちの「受験は最短距離で」という浪人時代の戦略につながっていったのでしょう。

荒れた中学校で培った「何を言われても動じない」メンタル

1989年4月に入学した北区立北中学校(現:桐ヶ丘中学校)は、かなり荒れた学校だったようです。部活動には入らず、自宅でコンピューターのプログラミングに没頭する日々を送っていました。

学校では理不尽な暴力も日常茶飯事で、「1年生が校門を通りかかると、待ち構えている3年生から全員一発ずつ殴られるのが当たり前」だったとか。今では考えられない環境ですよね。

普通なら登校拒否になりそうなところですが、ひろゆきさんの受け止め方は一味違いました。「殴られてもこの程度か。死ぬわけじゃないし大したことない」と冷静に分析してしまったのです。

痛みに対して恐怖するのではなく「現象」として分析し、環境に順応してしまう。現在のひろゆきさんの鋼のメンタルは、この中学校時代に形成されたのかもしれません。

小学校時代の卒業文集に見る「ひろゆきイズム」の原点

ひろゆきさんの学歴の原点は、東京都北区にある北区立北園小学校(2002年に閉校、現在は袋小学校と統合)です。

驚くことに、小学生の時点ですでにプログラミングを始めていたそうです。まだWindows 95すら発売されていない時代に、「パソコン通信」で大人とコミュニケーションを取る面白さに気づいていました。

卒業文集には将来の夢としてプログラマーを挙げていますが、その理由がまた独特です。PCが好きで「収入が多い(らしい)」から。さらに「人の役に立つ職業には入りたくない(ひねくれものなので)」とも書いています。

母親の反対に対しても「育ててもらった恩を忘れたわけじゃないが、これくらいの選択権をあたえてくれてもいいんじゃないか」と書いており、小学生離れした論理的な主張が光ります。

また、小学校2〜3年生の頃には、捕まえたトカゲを近所のおばさんにプレゼントしたつもりが激怒され、「恩を仇で返された」と逆に噛みついてしまったという伝説的なエピソードもあります。自分のロジックが否定されると反撃に出るあたり、すでにタダモノではなかったようですね。

ちなみに、こんなひねくれた性格にもかかわらず「クラスが選ぶ明るい人 第1位」に選ばれているのが面白いところです。

ひろゆきに学歴コンプレックスはある?「学歴は軽視するな」の真意

「ひろゆき 学歴コンプレックス」と検索する人も少なくありません。しかし実際のところ、ひろゆきさんはコンプレックスどころか明確な学歴肯定派です。その理由は感情論ではなく、徹底的にドライな計算に基づいています。

高卒と大卒で生涯賃金に6000万円の差

ひろゆきさんが学歴を重視する最大の理由はシンプルにお金です。日本の統計データでは、高卒と大卒の生涯賃金には退職金を除いても約6000万円もの差があります。

ひろゆきさんはこう分析しています。日本の大学で教わることは社会に出てから役に立たないことが多く、高卒と大卒で仕事の能力自体に大きな差はないはず。それでもこれだけの賃金差があるということは、日本企業が「何を学んだか」ではなく「大卒の資格を持っているか」に価値を見出している証拠だと。

能力が同じでも「大卒」というカードを持っているだけで6000万円の差がつくなら、持っておかないと損。これがひろゆき流の「学歴コスパ論」です。

「信用」と「海外移住」のパスポートとして

二つ目の理由は、学歴が社会的な「信用」の担保になるという点です。実績がない若者がビジネスの世界で信用を得るのは困難ですが、「それなりの大学を出ている」という事実は、一定の努力ができ最低限の知能がある証明書代わりになります。

また、ひろゆきさんのように海外移住を考える場合、多くの国で就労ビザの発給条件として「大卒以上」が求められます。

「日本が嫌になった時に海外へ脱出するためのチケット」としても、大卒資格は必須アイテムだと主張しています。

ブランド大学は「コネ作り」で有利

三つ目は人脈です。ひろゆきさんは「どうせ行くならブランド大学の方が有利」とも語っています。

たとえば慶應出身なら、取引先に同じ慶應出身者がいた時に話が早くなる。マイナーな大学だとそうした偶然の繋がりが発生しにくい、というわけです。

「実力社会」と言いつつも、結局は人間関係で仕事が回るのが世の常。その際に共通言語となる「大学ブランド」は営業やビジネス展開において強力な武器になります。

ひろゆきさん自身は中央大学の学歴をコンプレックスとは捉えず、「社会を効率よく渡り歩くための便利な道具」としてフル活用してきたと言えるでしょう。

まとめ

  • 最終学歴:中央大学 文学部(一浪して入学、受験科目の少なさで戦略的に選択)
  • 浪人の理由:高校時代の成績低迷が原因。浪人中も最小限の勉強で合格を狙った
  • 留学:アーカンソー中央大学(バイク事故の慰謝料で渡航、留学中に2ちゃんねる開設)
  • 高校:都立北園高校(偏差値64)。教師を論破して理系を断念
  • 中学:北区立北中学校。荒れた環境でメンタルを鍛えた
  • 夜間学部の噂:確実な証拠なし。本人の公式な言及もなし
  • 学歴コンプレックス:むしろ学歴肯定派。コスパ最強の道具として活用

一見すると破天荒に見えるひろゆきさんの経歴ですが、その根底にあるのは「無駄な努力はしないが、押さえるべきポイントは外さない」という一貫した合理主義です。

見栄を張らず自分の実力で受かる大学を選び、大卒資格はしっかり確保し、誰もやっていない場所で勝負する。この冷徹なまでの戦略眼こそが、ひろゆきさんを成功へ導いた最大の要因なのでしょう。

学歴そのものを真似る必要はありませんが、「世の中のルールの抜け穴を見つけ、賢く生きる思考法」は参考になる部分が多いのではないでしょうか。

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