菊池風磨さんといえば、timeleszのメンバーとしてドラマやバラエティで大活躍中ですよね。でも実は、お父さんの菊池常利さんにまつわる話題もかなり注目されているんです。
嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」を作詞した人物で、実家のルーツは福島県、しかも家系図をたどると歴史上の偉人にまでつながるという驚きの経歴の持ち主。
菊池風磨さんの父がどんな人で、実家はどこにあるのか、家系図の中身まで気になりますよね。さっそく詳しく見ていきましょう。
菊池風磨の父・菊池常利の実家や家系図について
菊池風磨さんの父親について調べてみると、ただの「芸能人のお父さん」ではないことがわかります。菊池常利さんのプロフィールから実家、学歴、そして話題の家系図まで、まるごと見ていきましょう。
- 菊池風磨の父・菊池常利は嵐「A・RA・SHI」を作詞したシンガーソングライター
- 実家は福島県矢祭町で、5歳から18歳まで過ごした「故郷」として復興支援にも尽力
- 家系図にはキャピタルコーヒー創業者や戦艦大和の設計者など偉人がずらり
- 家族は5人構成で、弟はプロボクサーの菊池音央、12歳下の妹もいる
- 2026年現在もライブ・YouTube・学校講演と精力的に活動中
| 名前 | 菊池常利(きくち つねとし) |
|---|---|
| アーティスト名 | TWUNE |
| 生年月日 | 1971年3月9日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市(5歳〜18歳は福島県矢祭町で育つ) |
| 血液型 | AB型 |
| 職業 | シンガーソングライター・作詞家・作曲家 |
| 代表作 | 嵐「A・RA・SHI」作詞(J&T名義) |
| 家族 | 長男:菊池風磨(timelesz)、次男:菊池音央(プロボクサー)、長女あり |
父はジャニーズとどんな関係?「A・RA・SHI」の作詞者だった
菊池風磨さんの父・菊池常利さんは、あの嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」を作詞した人物です。
作詞名義は「J&T」で、これは「Johnny’s」と「TWUNE」の頭文字を組み合わせたもの。TWUNEとは菊池常利さんのアーティスト名で、ジャニーズ事務所と直接的なつながりがあったことを示しています。
嵐以外にも、TOKIOの「Only One Song」「Nice Guys」、滝沢秀明さんの「under world」、今井翼さんの「2nd face」など、数多くのアーティストに楽曲提供を行ってきました。
面白いのが、菊池風磨さん自身はジャニーズに入所した当初、父がこれだけの実績を持つ音楽家であることを秘密にしていたということ。
2〜3年後にジャニー喜多川さんに事実が伝わり、「YOU言いなよ!」と言われたエピソードはファンの間でも有名ですよね。
自分の力で勝負したいという菊池風磨さんの姿勢と、それを見守っていた父の距離感が、この親子らしさを感じさせます。
菊池常利の実家はどこ?福島育ちで祖父は政治家秘書
菊池常利さんは神奈川県横浜市で生まれていますが、5歳から18歳までの多感な時期を福島県東白川郡矢祭町(やまつりまち)で過ごしています。
自然豊かなこの土地を菊池常利さんは今でも「故郷」として大切にしており、復興支援ソングの制作や地元の校歌を手掛けるなど、矢祭町との絆は今も続いています。
幼い頃の菊池風磨さんも、夏休みにはこの福島の実家に帰省して、親戚の子どもたちと野山を駆け回っていたそうですよ。
さらに驚くのが、菊池常利さんの父(菊池風磨さんの祖父)の職業です。大臣クラスの政治家の第一秘書を務めていた人物だったとのこと。
菊池風磨さんが慶應義塾大学に進学し、多忙なアイドル活動と両立して4年で卒業できたのは、この祖父との「大学だけは出てくれ」という約束があったからだと言われています。
見た目は陽キャな親子なのに、ルーツをたどると格式ある家柄というギャップが面白いですよね。
菊池風磨の父の学歴と若い頃の経歴
菊池常利さんの学歴は、福島県の中学校を卒業後、高校を経て玉川大学文学部に進学したと言われています。
ただ、菊池常利さんの本当のすごさは学歴よりも、若い頃からの行動力にあります。18歳で上京してから音楽の道を一直線に走り続けてきた人なんです。
1989年に横浜で吉川正己さんとフォークデュオ「LA-LA Deux(ララドゥー)」を結成。1990年にヴェンタインレコードからインディーズデビューを果たし、都内を中心にライブ活動を展開しました。
アルバム3枚をリリースし、2001年にはFM横浜インディーズバンド賞を受賞するなど、着実に実績を積み上げていきました。
その後、相方の吉川さんがジャニーズ事務所のプロデューサーに転身したことをきっかけに、菊池常利さんはソロ活動へ。2002年にリリースした初のソロアルバム「/cloudy」がスマッシュヒットとなり、シンガーソングライターとしての地位を確立しました。
音楽活動と並行して、美容師免許やネイル関連の資格も取得していたというのも意外なポイント。
ギター1本で音楽の世界を切り開いてきた「雑草魂」の持ち主でありながら、手に職もしっかりつけるという堅実さも兼ね備えた人物です。
菊池風磨の家系図が豪華すぎる?偉人との意外なつながり
菊池風磨さんの家系図は、テレビ番組でも取り上げられたことがあるほど話題になっています。
まず目を引くのが、キャピタルコーヒーの創業者が親戚にいるということ。さらに「LDK」という住宅間取りの概念を発明した人物も菊池家の一族だそうです。
極めつけは、戦艦「大和」の設計に関わった技術者・平賀譲氏までが親戚筋にいるという事実。もはやどこの偉人図鑑かと突っ込みたくなるレベルですよね。
戦国武将・織田信長と38親等の親戚関係にあることも明らかになっており、歴史の教科書に出てくるような人物とつながりがあるのは驚きです。
とはいえ、菊池風磨さん本人も父の常利さんも「すごい家系に生まれたから」ではなく、自分の力で道を切り開いてきたタイプ。豪華な家系図を持ちながらも、努力で今のポジションを築いているところに好感が持てます。
菊池風磨の父の現在と親子の絆
菊池常利さんは音楽家としてだけでなく、父親としても独特の存在感があります。現在の活動状況から親子エピソードまで、菊池家の絆を深掘りしていきますね。
菊池常利は今何してる?音楽活動の最新情報
菊池常利さんは2026年現在も、ライブ活動を中心に全国を飛び回る現役のミュージシャンです。
「TWUNE」名義でのソロライブやファンミーティングを定期的に開催しており、公式サイトやSNSではスケジュールが随時更新されています。
特に力を入れているのが、若い世代に向けた学校講演「スクールライブ」。自身の経験をもとに夢を持つことの大切さを伝える活動で、全国の中学校や高校を回っています。不登校の子どもたちを支援する「フリースクール公演」にも積極的に取り組んでいるそうです。
YouTubeチャンネル「菊池常利オフィシャルYouTubeチャンネル/私があの菊池常利です」も運営しており、ライブ映像やオフショット、トーク動画を配信中。
X(旧Twitter)のフォロワーは約3万人、Instagramでも2万人以上のフォロワーがいて、ファンとの距離が近いのも特徴です。コメント欄でのやりとりや生配信も人気があります。
TikTokにもアカウントを持っていて、新しいプラットフォームへの挑戦を続ける姿勢は、年齢を感じさせないパワフルさですよね。
菊池風磨との親子共演と父子エピソード
テレビでの正式な「共演」はまだ実現していませんが、音楽の世界では既に親子コラボが実現しています。
2019年発売のアルバム「Pages」に収録された菊池風磨さんのソロ曲「Cocoa」は、作曲を父・菊池常利さんが、作詞を菊池風磨さんが手掛けた親子共作の楽曲。プロの音楽家同士として作品を生み出せる親子というのは、芸能界でもなかなかない存在です。
バラエティ番組では、サプライズで菊池常利さんの写真が紹介される場面も。菊池風磨さんが照れながら「うちの親父です」と話す姿にスタジオが沸いたこともありました。
2025年2月放送の「しゃべくり007」では、菊池風磨さんの幼稚園時代の担任の先生が登場し、父・常利さんが当時からイケメンだったというエピソードも明らかになっています。
お互いに明るい性格で、SNSでも親子そろって陽気な投稿が見られるこの二人。根底にあるのは確かな家族の絆で、これからも音楽やメディアを通じたつながりが楽しみですね。
なお、菊池風磨さんは2026年に入ってからも、timeleszとして31万人動員のドームツアーを完走し、初のソロ写真集「Latido」がオリコン週間BOOKランキング1位を獲得するなど、絶好調が続いています。父から受け継いだ音楽の才能と自分で道を切り開く精神は、30代の菊池風磨さんの活躍にもしっかり反映されていますよね。
まとめ
菊池風磨さんの父・菊池常利さんは、嵐「A・RA・SHI」の作詞者として知られるシンガーソングライターで、実家のルーツは福島県矢祭町にあります。
祖父は政治家の第一秘書、親戚にはキャピタルコーヒー創業者や戦艦大和の設計者までいるという豪華な家系図も話題になりました。
若い頃からギター1本で音楽の道を歩み、LA-LA Deuxでのインディーズ活動を経てソロデビュー。美容師免許まで持つ多才な人物でもあります。
2026年現在もライブやYouTube、学校講演と精力的に活動を続けており、親子共作曲「Cocoa」に見られるように、菊池風磨さんとの絆もしっかり受け継がれています。

