新山千春さんの元旦那として知られる黒田哲史さん。2014年の離婚から10年以上が経ち、新山千春さんは13歳年下の一般男性と再婚して幸せな日々を送っています。
では、黒田哲史さんの方はどうなのか。再婚したの?今は何をしているの?そんな疑問を持つ方も多いですよね。
実は黒田哲史さん、2026年現在も独身のまま、野球界で素晴らしいキャリアを築き続けているんです。
黒田哲史の再婚相手は?現在も独身で西武コーチとして活躍中
再婚の有無からコーチとしてのキャリアまで、気になるポイントを深掘りしていきますね。
- 黒田哲史さんは2026年現在、再婚しておらず独身の可能性が極めて高い
- 2026年シーズンから埼玉西武ライオンズの一軍内野守備・走塁コーチに昇格
- 2008年の引退直後から18年以上、一度も途切れることなくコーチを継続中
- 元妻・新山千春さんとは離婚後も良好な関係を維持している
| 名前 | 黒田哲史(くろだ さとし) |
|---|---|
| 生年月日 | 1975年1月11日(51歳) |
| 出身地 | 兵庫県神戸市北区 |
| 学歴 | 神戸村野工業高校 |
| 現職 | 埼玉西武ライオンズ 一軍内野守備・走塁コーチ |
| 元妻 | 新山千春(2004年結婚・2014年離婚) |
再婚情報はなし!独身を貫く理由とは
2026年3月現在、黒田哲史さんが再婚したという報道や信頼できる情報は一切ありません。独身である可能性が極めて高いです。
イケメンで、プロ野球の一軍コーチというハイスペックな男性なのに、なぜ再婚しないのか。そこには黒田さんの「野球」と「娘」への強い想いがあるようです。
黒田さんは引退直後の2008年から2026年現在まで、18年以上も途切れることなく西武ライオンズのコーチを務めています。プロ野球のコーチは1年の半分以上を遠征で過ごす激務ですから、恋愛どころではないのかもしれません。
過去に新山千春さんの母親が「50歳になっても彼氏ができなかったら元夫に告白したら」と提案し、その話を黒田さんにしたことがあったそうです。
ところが黒田さんは「それはないわ」とバッサリ。結婚という形にはもうこだわっていない様子がうかがえますよね。
成人した娘・もあさんとの関係も良好で、黒田さんにとっては「野球人としてのキャリア」と「娘の成長を見届けること」が何よりの幸せなのかもしれません。
西武ライオンズで18年以上コーチを続ける異例のキャリア
黒田哲史さんが野球を始めたのは小学4年のとき。当初は投手でしたが、村野工業高校入学直後に肘を故障し、野手に転向します。
三塁手として甲子園に2度出場するなど、守備には定評のあるユーティリティープレイヤーでした。
1992年のドラフト会議で4位指名を受け、西武ライオンズに入団します。ちなみにこの年は松井秀喜さんが4球団から指名を受け、読売に入団した年でもあります。
ただ、当時の西武には田辺徳雄さんや松井稼頭央さんら実力者が在籍しており、出場機会はほとんどない守備要員という立場が続きました。
2002年に読売ジャイアンツへ移籍すると、状況が変わります。2004年には活躍の場が増え、9月にはチーム年間240本目となる本塁打を放ちプロ野球記録を更新する場面も。
翌2005年も堀内監督時代のスーパーサブとして貢献しました。
しかし2006年、原監督が復帰すると状況が一変。小坂誠さん、古城茂幸さん、木村拓也さんらが加入し、出場機会を失います。
戦力外通告を受けて西武に戻るも、2007年に現役を引退しました。
ここからが黒田さんの真骨頂です。守備の指導力と人柄が高く評価され、引退翌年の2008年からすぐにコーチに就任。
2026年現在まで18年以上、一度も解雇されることなくコーチを続けているのはプロ野球界でも異例の快挙です。
しかも2025年10月に発表された2026年シーズンのコーチングスタッフでは、二軍から一軍内野守備・走塁コーチに昇格しました。
西口文也監督のもとで、チームの守備を支える要として現場に立ち続けています。
新山千春と黒田哲史の馴れ初めから結婚生活まで
黒田哲史さんと新山千春さんは2004年に結婚し、2014年に離婚するまで10年間の結婚生活を送りました。2人の出会いから幸せだった日々を振り返ります。
2003年のパーティーで出会いスピード婚へ
2人が出会ったのは2003年秋に行われた芸能人・野球選手関係者が集まるパーティーでした。
黒田哲史さんが新山千春さんに「番号入れといて」と自分の携帯を渡したのがきっかけです。意外にも黒田さんの方からのアプローチだったんですね。
しかも当時、黒田さんは相手が新山千春さんだと気づいていなかったそうです。純粋にタイプの女性だったということでしょう。
後日、新山千春さんがお礼のメールを送ったことで接点が生まれ、交際に発展します。
交際期間はわずか半年ほど。2004年10月に結婚報道がなされ、12月にバリ島で2人だけの挙式を挙げました。
バリ島で2人だけの式になったのには事情があります。結婚式当日に新山千春さんの祖母が亡くなっており、家族が参列できませんでした。
片方の家族だけ呼ぶわけにもいかないと考え、新婚旅行も兼ねた2人だけの式にしたようです。
その後は披露宴を3回開催。巨人の選手たちが開いた披露宴ではご祝儀が最高30万円だったという、野球界らしい豪快なエピソードも残っています。
長女・もあさんの誕生と温かい家庭生活
2006年7月12日、2人の間に長女・もあさんが誕生しました。
新山千春さんは出産の様子をテレビで公開し、祖母との約束で「無言の出産(最後まで声を上げずに産みきること)」に挑戦。その姿に多くの視聴者が感動しました。
当時のブログには幸せな家族の日常が綴られています。黒田さんがカレーを作ってくれたり、「月曜日を千春小春の日」として毎週月曜は家族と過ごす時間にしていたりと、温かい家庭の様子が伝わってきます。
もあさんは幼い頃「新山千春」の芸名で子役活動もしていました。現在は本名の「新山もあ」としてダンサー・タレント活動を行っており、2026年には20歳に。
世界的なダンサーを目指してロサンゼルスへの留学経験もあるなど、しっかりと自立した道を歩んでいます。
【離婚の真相】新山千春と黒田哲史が別れた本当の理由
エピソードからもわかるように、新山千春さんと黒田哲史さんはとても仲の良い夫婦でした。では、なぜ2人は別れることになったのでしょうか。
きっかけは「すれ違い」と専業主婦をめぐる価値観の違い
2014年12月29日、新山千春さんがブログで離婚を報告しました。結婚生活はちょうど10年でした。
離婚の直接的な理由は「すれ違い」です。もあさんが生まれた2006年、黒田さんは読売ジャイアンツから戦力外通告を受けています。
家計を支えるため新山千春さんが仕事を再開しますが、それがすれ違いのきっかけになりました。
新山千春さんは「その日あったことを報告する時間や、子どもの運動会に一緒に行きたかった」と番組で涙ながらに語っています。お互い仕事が忙しく、共有する時間がなくなっていったんですね。
もう一つ大きな要因がありました。黒田哲史さんは結婚の条件として「専業主婦でいること」を望んでいたそうです。
スポーツ選手として、奥さんには家にいてサポートしてほしいという気持ちがあったのでしょう。戦力外通告後に妻が仕事を始めたことで、自分への不甲斐なさも感じていたのかもしれません。
離婚を切り出したのは新山千春さんの方からでした。
ただ、離婚後も2人の交流は続いていたようです。新山千春さんはブログでコーチとして頑張る黒田さんの姿を見に野球観戦に行ったことを報告しています。
離婚前にはもあさんとの思い出作りにハワイ旅行にも出かけたそうです。黒田さんから「もしお前も俺もフリーだったら、また来年も海外とか一緒に行けたらいいな」と言われ、復縁も考えたといいます。
2度の不倫報道の真相
離婚に至るまでの間には、新山千春さんに2度の不倫報道がありました。
1度目は2009年5月、カリスマ美容師の朝日光輝さんとの報道です。恵比寿の鉄板焼き店で食事した後、朝日さんのマンションに入り、新山千春さんが出てきたのは朝4時頃だったと報じられました。
新山千春さんはブログで「仕事の打ち合わせ」と否定。黒田さんも事情を知っており、「俺のことは気にせんでええからな!」と理解を示していました。
ただ、当時2〜3歳のもあさんを祖父母に預けたまま、朝方まで「打ち合わせ」をしていたというのは、やや疑問が残るところです。
2度目は2013年11月、別居報道が出た直後のことです。新山千春さんは「娘の進学のためにマンションを借りた」と別居を否定しました。
ところがその数日後に清水良太郎さんとの不倫が報じられました。
もあさんを連れて会っていたとされますが、新山千春さんからの公式なコメントはなく、真偽は不明のままです。
いずれも確定的な証拠が公にされたわけではなく、離婚理由は公式には「すれ違い」とされています。過去の騒動も、今それぞれが幸せに暮らしているからこそ、過ぎたこととして受け止められるのかもしれませんね。
まとめ
新山千春さんの元旦那・黒田哲史さんは、2026年現在も再婚しておらず独身である可能性が極めて高いです。
2007年の現役引退後、18年以上にわたって西武ライオンズのコーチを務め続け、2026年シーズンからは一軍内野守備・走塁コーチに昇格。野球一筋の人生を歩んでいます。
一方の新山千春さんは、2023年にマッチングアプリで出会った13歳年下の一般男性と再婚し、幸せな家庭を築いています。
2人の間に生まれた長女・もあさんは20歳を迎え、世界的なダンサーを目指して活動するなど、しっかりと自立しました。
形は変わっても、それぞれの場所でそれぞれの幸せを掴んでいる元夫婦の姿が印象的です。

