原嘉孝さんって、最近すごく注目されてますよね。timeleszの新メンバーとして約1万9000人の中から選ばれた実力派ですが、実はちょっと意外な経歴の持ち主なんです。
なんと、もともとは教育学部に通って先生を目指していたという過去があるんですよ。「え?教師志望だったの?」って、ちょっとびっくりしませんか?
この記事では、そんな原さんの大学時代のエピソードや教員免許に関する真相、そして関東学院大学を中退した理由や芸能活動との両立の様子まで、たっぷりご紹介していきます。
これを読めば、今の原嘉孝さんがどれだけ努力してきたのか、その背景がきっと見えてくるはずです。俳優・原嘉孝をもっと深く知りたい人、必見ですよ!
原嘉孝の関東学院大学中退の真相と教員免許について
- 出身大学:関東学院大学 教育学部 子ども発達学科(※関西学院大学は間違い)
- 中退の真相:大学4年時の『Endless SHOCK』出演や宇宙Six結成で芸能活動に専念
- 教員免許:1年時に短期実習へ行くも、長期実習が難しく未取得
- 現在の思い:「取っておけばよかった」と思いつつも、当時の決断に後悔はなし
原嘉孝さんって、ちょっと不思議な経歴を持ってるんですよね。
実は、教育学部に通っていて教員を目指していた時期があったんです。
でも今は舞台やアイドルとして大活躍中。「え?先生になりたかったの?」って意外に思った方も多いはずです。
ここでは、原さんがなぜ教育学部を選んだのか、そして教員免許の取得や中退という決断をどう考えていたのかなど、大学生活でのリアルな姿に迫っていきます。
大学中退は本当?本人発言とオーディション裏話
結論から言うと、原嘉孝さんは関東学院大学を中退した可能性が高いと考えられています。正式に「中退しました」と大々的に発表したわけではありませんが、当時のブログで「大学を辞めることを誰にも相談せず、自分ひとりで決めた」と綴っており、強い覚悟を持って自ら道を切り拓いたことがわかります。
じゃあ、なぜ辞める決断をしたのか。大きな転機となったのは、大学4年生のときに受けた舞台『Endless SHOCK』のオーディションです。
当時のことを原さんは「大学も行ってたけど、もう腹をくくった」と語っています。そしてオーディション後、ジャニー喜多川さんから直接「YOUはSHOCKに出るよ」と声をかけられたことで、一気に舞台の世界へとのめり込んでいきました。
当時はちょうど教職実習の時期。1〜2ヶ月に及ぶ長期の実習と、過酷な舞台稽古や本番を両立させることは、現実的に不可能だったはずです。
さらに、大学3年生の頃には親友の目黒蓮さんらとともにジャニーズJr.内ユニット「宇宙Six」を結成し、活動が本格化していました。ファンの間でも「はらめぐ」として親しまれた絆を深めながら、アイドル・俳優として生きていく決意を固めたあの瞬間が、大学生活に区切りをつける決定打になったと見るのが自然です。
正式な中退発表はないけれど、「大学を途中で辞めて芸能活動に集中した」というのが実情。ファンの間でもそれがほぼ共通認識になっているようです。
関東学院大学教育学部を選んだ理由と取得可能だった資格
結論から言うと、原嘉孝さんが関東学院大学の教育学部を選んだのは、「子どもが大好きで先生になりたかったから」です。芸能活動をしていなかったら、本気で教壇に立っていたかもしれません。
ちなみに、ネット上では名前が似ている「関西学院大学(かんせいがくいんだいがく)」と間違われることがよくありますが、正しくは神奈川県にある「関東学院大学(かんとうがくいんだいがく)」です。中学・高校時代から一貫して同じ系列校に通っており、そのまま内部進学する自然な流れだったようです。
先生を目指すきっかけになったのは、中学時代の体育の先生との出会いでした。生徒を子ども扱いせず、真正面から向き合ってくれる姿に憧れを抱いたそうです。
原さんが在籍していた「教育学部 子ども発達学科」は、単に教え方を学ぶだけでなく、子どもの心や成長に寄り添うことを大切にする学科です。芸能界の第一線で活躍しながら、子どもの発達を専門的に学ぼうとしていたなんて、そのギャップがまた魅力的ですよね。
この学科で取得可能だった資格を分かりやすく表にまとめました。
| 取得可能な主な資格・免許 | 特徴・詳細 |
|---|---|
| 小学校教諭一種免許状 | 小学校の先生になるための基本資格。長期の教育実習が必須。 |
| 幼稚園教諭一種免許状 | 幼稚園で働くための免許。保育士資格とのダブル取得も可能。 |
| 保育士資格 | 保育園や児童福祉施設で子どものお世話をするための国家資格。 |
| 認定心理士 | 心理学の専門知識を学んだことを証明する資格。子どもの心のケアに役立つ。 |
これだけたくさんの資格を目指せる恵まれた環境だったものの、実際にはかなりハードな道のりです。授業に加えて長期の実習も必須になるため、スケジュールは相当キツくなります。
原さんも大学1年生の時に1週間ほど小学校へ実習に行き、子どもたちと一緒に遊んだりお弁当を食べたりと、充実した時間を過ごしたそうです。
しかし、学年が上がるにつれて芸能活動が多忙を極め、最終的な教育実習や単位取得が難しくなってしまいました。
後日のインタビューで「芸能生活をしながらも近しい仕事ができたかもしれないので、持っているに越したことはなかった」と本音をポロリとこぼす場面もありましたが、同時に「あの時の選択があったから今がある」と前を向いています。
教員免許などの資格は結果的に取得できなかったものの、教育学部で学んだ経験や人への寄り添い方は、間違いなく今の俳優・アイドル活動の深みにつながっています。
教員免許は取得した?教育実習の内容と取得していない理由
結論から言うと、原嘉孝さんは教育実習に一部参加したものの、教員免許は取得していません(取得を諦めています)。「教育学部に通ってたなら、当然持ってるでしょ?」と思いがちですが、実はそうじゃないんです。
その最大の理由は、やはり本格的な教育実習と芸能活動の両立が難しかったからです。
大学のカリキュラムで行われる教育実習の違いを簡単に表にまとめてみました。
| 学年 | 実習期間 | 主な実習内容 |
|---|---|---|
| 大学1年生 | 約1週間 | 教室の後ろからの見学、休み時間に子どもたちと遊ぶ、一緒に昼食を食べるなど |
| 大学4年生 | 1〜2ヶ月間 | 実際に教壇に立って授業を行う、本格的な教員としての実習 |
実際に大学1年生のときは、1週間ほど小学校へ実習に行ったそうです。教壇にガッツリ立ったわけではなく、子どもたちと触れ合うサポート的な内容でしたが、その時間は本当に楽しく、「このまま教員になるのもアリかも」と心が動いた時期もあったのだとか。
しかし、教員免許取得の最大の壁となるのが4年生での実習です。1〜2ヶ月間、平日の朝から夕方まで学校に拘束されるため、その間は芸能のお仕事をすべて休まなければなりません。
当時、原さんはすでに舞台やテレビドラマへの出演が増え始めており、さらにはジャニーズJr.内ユニットの活動も始まっていました。芸能界は一瞬のチャンスが命取りになる厳しい世界。「今は芸能活動に集中しよう」と腹をくくり、最終的に教員免許は取らない決断をしたのです。
教員免許を取れなかった後悔と教員ではなく芸能界へ選んだ道
教職課程を途中で諦める形になってしまいましたが、原嘉孝さん本人は「後悔はしていない」と前向きに語っています。
以前、とあるインタビューで教員免許について聞かれた際、「取ってないんですよ(苦笑)」と笑いながら答えていました。その上で、当時の決断についてこんな風に振り返っています。
「持ってるに越したことはなかったですね。でも、あそこで取らない選択をしたから今があるのかもしれないです」
子どもが好きで教育学部に入ったわけですから、「もし取れていたら、芸能活動をしながらでも子どもに関わる近しい仕事ができたかもしれない」という少しの葛藤はあったのかもしれません。それでも、選ばなかった道にもちゃんと意味があったと受け入れ、今目の前にある活動に全力を注いでいる姿がとても素敵ですよね。
実際、この教育学部での学びが無駄になったわけではありません。2024年に上演された舞台『愛称⇆蔑称』で教師役を演じた際には、学生時代の学びや経験が役作りに大きく活かされたそうです。
教員ではなく、厳しい芸能界の道へ飛び込むことを選んだ原さん。その覚悟を持った決断があったからこそ、現在の「実力派俳優」や「timeleszメンバー」としての輝かしい活躍があるのは間違いありません。
原嘉孝の大学中退に関連する学歴や関東学院での学生時代について
- 小学校:川崎市立西丸子小学校(書き初めで「努力は実る」と書く)
- 中学校:関東学院中学校(バレー部に所属・中学3年で事務所入所)
- 高校:関東学院高校(部活には入らず、学業と芸能活動の両立に奮闘)
- 学生時代:タンクトップのワイルドなイメージとは裏腹に、文武両道な真面目キャラ!
原嘉孝さんといえば、舞台上でのパワフルな演技や、常にタンクトップを着ているワイルドでおちゃめなキャラクターが印象的ですよね。
でも、実は学業と芸能活動をしっかり両立してきた隠れ努力家なんです。
特に、中学から大学まではずーっと「関東学院」の系列校に通っており、落ち着いた環境で学びを深めてきました。
ここからは、そんな彼がどうやって学校生活と多忙な芸能の仕事を両立させてきたのか。そして、学生時代に出会った仲間や恩師との心温まるエピソードを詳しくご紹介していきます。
これを読めば、原さんの今の誠実な人柄のルーツがよくわかりますよ!
中学から大学まで関東学院一筋!系列校の一貫教育とは
実は、原嘉孝さんは中学から大学までずーっと関東学院に通っていたんです。まさに「関東学院一筋」の人生。
関東学院は、神奈川県横浜市にある歴史あるキリスト教系の学校です。中学校から高校へは外部からの募集を行わない完全な中高一貫教育を行っており、そのままエスカレーター式で進学する人が多いのが特徴です。
原さんのこれまでの学歴を、分かりやすく表にまとめてみました。
| 学校段階 | 学校名 | 備考・エピソード |
|---|---|---|
| 小学校 | 川崎市立西丸子小学校 | 公立校。小学生の時の書き初めで「努力は実る」と書く。 |
| 中学校 | 関東学院中学校 | 中学受験を経て入学。バレーボール部に所属。中学3年で事務所入所。 |
| 高校 | 関東学院高等学校 | 内部進学。芸能活動が本格化し、部活動には所属せず。 |
| 大学 | 関東学院大学 | 内部進学。教育学部子ども発達学科(中退)。 |
このように、原さんも中学受験で関東学院中学校に入学し、そのまま内部進学で高校、そして大学へと進みました。
この一貫教育のメリットは、多感な時期に環境の変化が少なく、気心の知れた仲間や先生たちとじっくり信頼関係を築けることです。落ち着いた学習環境と自由な校風の中で育った背景が、今の原さんの誠実で誰からも愛されるキャラクターにつながっているのかもしれませんね。
中学時代の思い出とバレー部や母からの腕時計エピソード
中学時代の原嘉孝さんを語る上で欠かせないのが、バレー部での活動と、ご家族との温かいエピソードです。
原さんは、ご両親とお姉さん2人、弟さんの6人家族という賑やかな家庭で育ちました。中学受験を経て入学した際、お母さんから入学祝いとして腕時計をプレゼントされたそうです。「時間を大切にする大人になってね」という願いが込められたその時計を、原さんは今でも大切に使っていると語っています。
また、中学時代は体育会系のバレーボール部に所属。ここで培った体力や、上下関係・チームワークの基礎が、のちの厳しい舞台稽古を乗り切るメンタルに繋がっているようです。
そして中学3年生(15歳)のとき、大きな転機が訪れます。親孝行をしたいという思いも胸にオーディションに挑戦。合否発表までの不安な期間、お母さんは何も聞かずに大好物の餃子を焼いてそっと見守ってくれたそうです。
見事合格を知らせたとき、お母さんは涙を流してハグして喜んでくれたのだとか。この家族の温かいサポートこそが、原さんの原動力になっています。
高校時代の芸能活動とMV出演やレッスンの日々
高校へ内部進学した原嘉孝さんは、部活動には所属せず、放課後は東京へ直行してダンスや演技のレッスンに明け暮れる日々を送っていました。
この時期は、まさに悔しさとプロ意識を同時に育てた下積み時代でもあります。
というのも、同期である佐藤勝利さんや松島聡さんたちが「Sexy Zone」として華々しくデビューしていく中、原さんは彼らの後ろでバックダンサーを務めていたからです。同期のうしろで踊るという複雑な思いや葛藤を抱えながらも、決して腐ることなく、黒子としてプロの姿勢で舞台を支え続けました。
表に出る機会はまだ少なかったものの、2012年リリースのA.B.C-Z「Za ABC〜5stars〜」や、高校3年時のKis-My-Ft2「キミとのキセキ」のMVにバックダンサーとして出演。画面の端からでも伝わるキレのある動きと表現力は、この日々のハードなレッスンで培われたものです。
「好きなことだから頑張れた」と、疲労を見せずに全力投球していた原さん。
ちなみに、高校時代の先生とは卒業後も交流が続いており、原さんがバラエティ番組に初出演した際には、先生が定時で仕事を上がり、家族みんなでリアルタイム視聴してくれたそうです。放送後には「よく頑張ったね」と連絡をもらい、一緒に食事へ行ったという心温まるエピソードもあります。
こうした周りの人を大切にする姿勢や、高校時代に逃げずに積み上げた努力と経験が、今の実力派俳優としての確固たる成長に繋がっているんですね。

