timeleszの新メンバーとして約1万9000人の頂点に立った原嘉孝さん。実力派の俳優・アイドルとして注目を集めていますが、実はもともと教員を目指していたという意外な過去を持っています。
関東学院大学の教育学部に通い、子どもたちと向き合う仕事を夢見ていた原さんが、なぜ大学を中退して芸能の道を選んだのか。気になりますよね。
原嘉孝さんの大学中退の経緯や教員免許にまつわる真相、さらに関東学院で過ごした学生時代のエピソードまで、たっぷり深掘りしていきますよ。
原嘉孝の大学中退の真相と教員免許について
- 出身大学:関東学院大学 教育学部 子ども発達学科(※関西学院大学は間違い)
- 中退の事実:2025年2月のtimeleszオーディション最終回で本人が公言
- 中退の理由:大学4年時の『Endless SHOCK』出演決定で芸能活動に専念
- 教員免許:1年時に短期実習へ参加したが、長期実習が難しく未取得
原嘉孝さんには、ちょっと不思議な経歴があるんです。舞台やアイドルとして大活躍している今からは想像しにくいですが、もともとは教育学部に通って教員を目指していた時期があったんですよ。
「え、先生になりたかったの?」と意外に思う方も多いはず。ここでは原さんがなぜ教育学部を選んだのか、そして大学中退や教員免許にまつわるリアルな経緯に迫っていきます。
大学中退は本当?timeleszオーディションでの本人告白
原嘉孝さんが関東学院大学を中退したことは、2025年2月に放送されたtimeleszオーディション最終回で本人が公言した事実です。以前は正式に「中退しました」と発表されていなかったため、ファンの間でも推測の域を出ない部分がありました。
しかしオーディションの場で自ら明かしたことで、長年の疑問にはっきりと決着がつきました。
では、なぜ辞める決断をしたのか。大きな転機となったのは、大学4年生のときに受けた舞台『Endless SHOCK』のオーディションです。
当時のことを原さんは「大学も行ってたけど、もう腹をくくった」と語っています。オーディション後にはジャニー喜多川氏から直接声をかけられ、一気に舞台の世界へとのめり込んでいきました。
ちょうど教職の長期実習と時期が重なっていたことも、決断を後押ししたようです。1〜2ヶ月間の拘束が必要な教育実習と、過酷な舞台稽古の両立は現実的に不可能でした。
さらに大学3年生の頃には、親友の目黒蓮さんらとともにジャニーズJr.内ユニット「宇宙Six」を結成。アイドル・俳優として生きていく決意を固めたこの時期が、大学生活に区切りをつける決定打になったと見るのが自然です。
当時のブログでは「大学を辞めることを誰にも相談せず、自分ひとりで決めた」と綴っており、強い覚悟を持って自ら道を切り拓いたことがうかがえます。
関東学院大学教育学部を選んだ理由と取得可能だった資格
原嘉孝さんが関東学院大学の教育学部を選んだのは、「子どもが大好きで先生になりたかったから」。芸能活動をしていなかったら、本気で教壇に立っていたかもしれません。
先生を目指すきっかけになったのは、中学時代の体育の先生との出会いでした。生徒を子ども扱いせず、真正面から向き合ってくれる姿に憧れを抱いたそうです。
ちなみに、ネット上では名前が似ている「関西学院大学(かんせいがくいんだいがく)」と間違われることがよくあります。正しくは神奈川県にある「関東学院大学(かんとうがくいんだいがく)」です。中学・高校時代から同じ系列校に通っており、内部進学という自然な流れでした。
原さんが在籍していた「教育学部 子ども発達学科」は、子どもの心や成長に寄り添うことを大切にする学科です。芸能界の第一線で活躍しながら、子どもの発達を専門的に学ぼうとしていたギャップがまた魅力的ですよね。
この学科で取得可能だった資格をまとめました。
| 取得可能な主な資格・免許 | 特徴・詳細 |
|---|---|
| 小学校教諭一種免許状 | 小学校の先生になるための基本資格。長期の教育実習が必須。 |
| 幼稚園教諭一種免許状 | 幼稚園で働くための免許。保育士資格とのダブル取得も可能。 |
| 保育士資格 | 保育園や児童福祉施設で働くための国家資格。 |
| 認定心理士 | 心理学の専門知識を学んだことを証明する資格。子どもの心のケアに活かせる。 |
これだけの資格を目指せる恵まれた環境でしたが、実際にはかなりハードな道のりです。授業に加えて長期の実習も必須になるため、スケジュールは相当タイトになります。
原さんも大学1年生のときに1週間ほど小学校へ実習に行き、子どもたちと一緒に遊んだりお弁当を食べたりと、充実した時間を過ごしたそうです。
しかし学年が上がるにつれて芸能活動が多忙を極め、最終的な教育実習や単位取得が困難になっていきました。
教員免許は取得していない!教育実習の内容と断念の理由
原嘉孝さんは教育実習に一部参加したものの、教員免許は取得していません。「教育学部に通ってたなら当然持ってるでしょ?」と思いがちですが、実はそうではないんです。
最大の理由は、やはり本格的な教育実習と芸能活動の両立が難しかったこと。教育実習は学年によって内容が大きく異なります。
| 学年 | 実習期間 | 主な実習内容 |
|---|---|---|
| 大学1年生 | 約1週間 | 教室の後ろからの見学、休み時間に子どもたちと遊ぶ、一緒に昼食を食べるなど |
| 大学4年生 | 1〜2ヶ月間 | 実際に教壇に立って授業を行う本格的な教員実習 |
大学1年生のときの実習では、子どもたちと触れ合うサポート的な内容が中心でした。教壇にガッツリ立ったわけではありませんが、その時間は本当に楽しく、「このまま教員になるのもアリかも」と心が動いた時期もあったそうです。
ところが教員免許取得の最大の壁が、4年生での長期実習です。1〜2ヶ月間、平日の朝から夕方まで学校に拘束されるため、芸能の仕事をすべて休まなければなりません。
当時の原さんはすでに舞台やテレビドラマへの出演が増え始めており、ジャニーズJr.内ユニットの活動も本格化していました。「今は芸能活動に集中しよう」と腹をくくり、教員免許の取得を断念する決断をしたのです。
教員免許への後悔と芸能界を選んだ覚悟
教職課程を途中で諦める形になりましたが、原嘉孝さん本人は「後悔はしていない」と前向きに語っています。
以前のインタビューで教員免許について聞かれた際、「取ってないんですよ(苦笑)」と笑いながら答えていました。そして当時の決断についてこう振り返っています。
「持ってるに越したことはなかったですね。でも、あそこで取らない選択をしたから今があるのかもしれないです」
子どもが好きで教育学部に入っただけに、「芸能活動をしながらでも子どもに関わる仕事ができたかもしれない」という少しの葛藤はあったのかもしれません。それでも選ばなかった道にきちんと意味を見出し、今に全力を注いでいる姿は素敵ですよね。
実際、教育学部での学びが無駄になったわけではありません。2024年上演の舞台『愛称⇆蔑称』では教師役を演じ、学生時代の経験が役作りに大きく活かされたそうです。
そして2025年2月、約1万9000人の応募者の中からtimeleszの新メンバーに選ばれました。大学を辞めてまで飛び込んだ芸能の世界で、ここまでの結果を出しているのですから、あの日の覚悟は間違いなく正しかったといえるでしょう。
原嘉孝の学歴と関東学院での学生時代
舞台上でのパワフルな演技や、タンクトップ姿のワイルドでおちゃめなキャラクターが印象的な原嘉孝さん。でも実は学業と芸能活動をしっかり両立してきた隠れ努力家でもあります。
中学から大学までずっと「関東学院」の系列校に通っており、落ち着いた環境で学びを深めてきました。ここからは学生時代のエピソードを詳しく見ていきましょう。
| 名前 | 原嘉孝(はら よしたか) |
|---|---|
| 生年月日 | 1995年9月25日 |
| 出身地 | 神奈川県川崎市 |
| 所属 | STARTO ENTERTAINMENT(timelesz) |
| 職業 | アイドル・俳優 |
中学から大学まで関東学院一筋!一貫教育の環境とは
原嘉孝さんは中学から大学までずっと関東学院に通っていたんです。まさに「関東学院一筋」の人生ですね。
関東学院は、神奈川県横浜市にある歴史あるキリスト教系の学校です。中学校から高校へは外部からの募集を行わない完全な中高一貫教育を行っており、そのままエスカレーター式で進学する人が多いのが特徴です。
原さんのこれまでの学歴を表にまとめました。
| 学校段階 | 学校名 | 備考・エピソード |
|---|---|---|
| 小学校 | 川崎市立西丸子小学校 | 公立校。書き初めで「努力は実る」と書く。 |
| 中学校 | 関東学院中学校 | 中学受験を経て入学。バレーボール部に所属。中3で事務所入所。 |
| 高校 | 関東学院高等学校 | 内部進学。芸能活動が本格化し、部活動には所属せず。 |
| 大学 | 関東学院大学 | 内部進学。教育学部子ども発達学科(中退)。 |
原さんは中学受験で関東学院中学校に入学し、そのまま内部進学で高校、大学へと進みました。
一貫教育のメリットは、多感な時期に環境の変化が少なく、気心の知れた仲間や先生たちとじっくり信頼関係を築けることです。落ち着いた学習環境と自由な校風の中で育った背景が、今の原さんの誠実で誰からも愛されるキャラクターにつながっているのかもしれません。
中学時代のバレー部と母からの腕時計エピソード
中学時代の原嘉孝さんを語る上で欠かせないのが、バレー部での活動と、ご家族との温かいエピソードです。
原さんは、ご両親とお姉さん2人、弟さんの6人家族という賑やかな家庭で育ちました。中学受験を経て入学した際、お母さんから入学祝いとして腕時計をプレゼントされたそうです。
「時間を大切にする大人になってね」という願いが込められたその時計を、原さんは今でも大切に使っていると語っています。
また中学時代は体育会系のバレーボール部に所属していました。ここで培った体力やチームワークの基礎が、のちの厳しい舞台稽古を乗り切るメンタルに繋がっているようです。
そして中学3年生のとき、大きな転機が訪れます。親孝行をしたいという思いを胸にオーディションに挑戦しました。合否発表までの不安な期間、お母さんは何も聞かずに大好物の餃子を焼いてそっと見守ってくれたそうです。
見事合格を知らせたとき、お母さんは涙を流してハグして喜んでくれたのだとか。この家族の温かいサポートこそが、原さんの原動力になっています。
高校時代の芸能活動とバックダンサーの日々
高校へ内部進学した原嘉孝さんは、部活動には所属せず、放課後は東京へ直行してダンスや演技のレッスンに明け暮れる日々を送っていました。
この時期は、悔しさとプロ意識を同時に育てた下積み時代でもあります。同期である佐藤勝利さんや松島聡さんたちが「Sexy Zone」として華々しくデビューしていく中、原さんは彼らの後ろでバックダンサーを務めていたからです。
同期のうしろで踊るという複雑な思いや葛藤を抱えながらも、決して腐ることなく、黒子としてプロの姿勢で舞台を支え続けました。
表に出る機会はまだ少なかったものの、2012年リリースのA.B.C-Z「Za ABC〜5stars〜」のMVにバックダンサーとして出演しています。
高校3年時にはKis-My-Ft2「キミとのキセキ」のMVにも参加。画面の端からでも伝わるキレのある動きと表現力は、日々のハードなレッスンで培われたものです。
ちなみに高校時代の先生とは卒業後も交流が続いています。原さんがバラエティ番組に初出演した際には、先生が定時で仕事を上がり、家族みんなでリアルタイム視聴してくれたそうです。
放送後には「よく頑張ったね」と連絡をもらい、一緒に食事へ行ったという心温まるエピソードもあります。
周りの人を大切にする姿勢や、高校時代に逃げずに積み上げた努力と経験が、timeleszメンバーとしての今の活躍に確かにつながっているんですね。

