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愛知・名古屋アジア大会の男子マラソンで、日本勢8年ぶりの金メダルを手にした山下一貴さん。ゴール後に見せた「イチタカスマイル」に、思わずつられて笑顔になった人も多いのではないでしょうか。
そんな山下一貴さん、実はすでに結婚しているんです。結婚相手はどんな人なのか、子供はいるのか、気になりますよね。
ここでは、Xでのひと言の結婚報告から、ネットで噂される妻の名前の出どころ、そして長崎の少年が金メダリストになるまでの物語を、たっぷりお届けしますね。
【記事のポイント】
- 山下一貴さんは、2023年1月9日に自身のXで結婚を報告しています
- 結婚相手は一般の方で、名前や年齢、仕事は公表されていません
- ネット上では妻の名前を由依(ゆい)さんとする噂もありますが、本人は明かしていません
- 子供がいるという発表は出ていません
- 結婚から2か月後の東京マラソンで、当時の日本歴代3位の記録を出しました
- アジア大会では、同学年の吉田祐也さんと「同学年コンビ」で日本代表として走りました
| 名前 | 山下一貴(やました いちたか) |
|---|---|
| 生年月日 | 1997年7月29日 |
| 出身 | 長崎県長崎市 |
| 学歴 | 滑石中学校→瓊浦高校→駒澤大学 |
| 所属 | 三菱重工マラソン部(主将) |
| 自己ベスト | マラソン2時間05分51秒 |
| 好きな言葉 | 笑顔 |
| 趣味 | ゲーム・アニメ |
| 結婚 | 2023年1月9日にXで報告(相手は一般の方) |
山下一貴の結婚相手は誰?Xの報告と妻の噂・子供
- 結婚はいつ?Xでひと言の報告
- 結婚相手は一般女性
- 結婚相手の名前はゆい?噂の出どころ
- 子供はいる?
- 結婚後に出した日本歴代3位の記録
- 名前の由来は?父の一字と母の願い
結婚はいつ?Xでひと言の報告
結論から言うと、山下一貴さんは2023年1月9日に自身のXで結婚を報告しています。
その報告の文面が、なんともシンプル。「山下結婚しました」という、ひと言だけだったそうです。
長々と語らず、ひと言で済ませるあたりが、飾らない山下一貴さんらしいですよね(笑)。
当時の山下一貴さんは25歳で、三菱重工マラソン部に入って3年目のシーズン。投稿には、駒澤大学で一緒に走った伊東颯汰選手などから、お祝いの返信が付いていたとブログで紹介されています。
| 項目 | 伝えられていること |
|---|---|
| 報告日 | 2023年1月9日 |
| 報告の場所 | 本人のX |
| 文面 | 山下結婚しました、のひと言 |
| 当時の年齢 | 25歳 |
なお、入籍した日そのものは明らかにされておらず、報告した日と同じかどうかも分かっていないそうです。
とはいえ、自分の言葉で結婚をきちんと伝えてくれたのは、ファンにとってうれしいことですよね。
結婚相手は一般女性
山下一貴さんの結婚相手は、一般の方です。名前や年齢、仕事といった相手のことは、本人も所属先も出していません。
ブログでは、山下一貴さんより2歳年下の一般女性だと紹介されています。
地元の長崎で暮らし、長崎が拠点の三菱重工で走っている山下一貴さん。もしかすると地元が同じ方なのでは、高校時代から付き合っていたのでは…と想像するブログもありました。ただ、これはあくまで推測です。
奥さんについての話は、これからも詳しく出てこないのでは、と見るブログもあります。結婚の報告がひと言で終わっていること、インスタグラムでも奥さん本人を前に出していないこと、所属先の紹介にも家族の話がないことが理由だそうです。
ちなみに、インスタグラムには「妻」という言葉が出てくる投稿もあるそうで、大阪マラソンのあとの投稿では、写真について妻の知り合いの方にふれる一文があったと紹介されています。
表に出さないけれど、ちゃんと妻という言葉を使う。奥さんを大切に守っている感じが伝わってきて、ほっこりしますよね。
結婚相手の名前はゆい?噂の出どころ
山下一貴さんの結婚とあわせて、ゆいという名前で検索されることがありますが、本人は妻の名前を明かしていません。
このゆいという名前は、あるブログが結婚相手の名前を「由依さん」と紹介したことから広まったと考えられます。ただ、そのブログ自身も「ネット上での噂」と書き添えています。
一方で、別のブログでは、奥さんの下の名前として特定の名前が挙げられることがあるものの、その名前は本人の投稿にも、所属先の選手紹介にも出てこない、と指摘していました。
| 項目 | 伝えられていること |
|---|---|
| 名前の由依(ゆい) | ブログがネット上の噂として紹介 |
| 本人の発信 | 名前には触れていない |
| 所属先の紹介 | 家族の話はない |
名前まで知りたくなる気持ちは分かりますよね。でも奥さんは一般の方。本人が伏せている以上、噂は噂として受け止めておくのがいちばんだと思います。
子供はいる?
山下一貴さんに子供がいるという発表は出ていません。
本人のXやインスタグラム、所属先の紹介にも、子供にふれた言葉は見当たらないそうです。妊娠や出産の報告もありません。
結婚から3年以上がたち、同世代の選手には父親になった人も出てきているので、気になる人が増えているのかもしれませんね。
ただ、家族のことをほとんど話さない選手なので、子供はいないと言い切れるわけではありません。今のところは、発表がない状態と受け止めておくのが自然です。
レースの結果と練習の様子だけはていねいに発信している山下一貴さん。家族の時間は、そっと大切にしているのでしょうね。
結婚後に出した日本歴代3位の記録
結婚を報告してからわずか2か月後、山下一貴さんは東京マラソンで2時間05分51秒をマークしました。
日本人トップの7位で、当時の日本歴代3位にあたる好記録。32キロ付近から集団を引っ張り、前の日本記録保持者だった大迫傑選手に競り勝ったと紹介されています。
| レース | 記録 |
|---|---|
| 2023年 東京マラソン | 2時間05分51秒(日本人トップの7位) |
| 2023年 世界陸上ブダペスト | 2時間11分19秒(11位) |
| 2026年 大阪マラソン | 2時間6分18秒 |
| 2026年 アジア大会 | 2時間10分49秒(金メダル) |
結婚と好成績に直接の因果関係があるとは言えませんが、人生の大きな節目の直後に自己ベストを出したのは、なんだか運命的ですよね。
この記録で、初めての日本代表として世界陸上ブダペスト大会へ。40キロ地点を5位で通過しながら、両脚のけいれんで失速し、11位でした。大会直後は12位でしたが、上位の選手の失格で順位が1つ繰り上がったそうです。
その後の東京マラソンでは苦しいレースが続きましたが、大阪マラソンで2時間6分18秒をマークして復調。支えてくれる家族の存在も、きっと大きかったのではないでしょうか。
名前の由来は?父の一字と母の願い
山下一貴さんの「一貴(いちたか)」という名前には、両親の思いが込められていると言われています。
ブログによると、父親の名前に「一」が入っているため、そこから「一」をもらって一貴と名付けられたそうです。
また、少年漫画「I’s」に登場する瀬戸一貴から、という話を本人が語っていたこともあるとか。母親は「いっちゃん」と呼びたかった、という話も紹介されています。
| 由来とされる話 | 中身 |
|---|---|
| 父の一字 | 父親の名前の「一」をもらった |
| 漫画 | 「I’s」の瀬戸一貴から、という話も |
| 母の願い | 「いっちゃん」と呼びたかった |
いっちゃんと呼びたかったお母さん、かわいいですよね。家族の愛情がたっぷり詰まった名前で、金メダリストになったんですね。
なお、両親や兄弟について、それ以上の情報は公表されていません。
山下一貴の結婚とあわせて知りたい|駒澤・箱根駅伝・アジア大会金メダル
- 中学・高校は?陸上は友達に誘われて
- 進路を変えた担任の一言
- 駒澤大学で箱根駅伝のエース区間へ
- 箱根駅伝のハプニング|鶴見中継所で襷が…
- アジア大会で金メダル|ホッとしています
- 同学年の吉田祐也と日本代表に
中学・高校は?陸上は友達に誘われて
山下一貴さんの出身中学は長崎市立滑石中学校、出身高校は瓊浦(けいほ)高校です。
陸上を始めたのは中学時代。友人に誘われたのがきっかけだったそうです。もともとは野球をしていて、体力づくりに役立てようと陸上部に入った、と紹介するブログもあります。
西日本新聞のスポーツサイトの取材では、当時は中学で辞めるくらいの気持ちだったと振り返っていたとか。のちの金メダリストの出発点としては、意外なほど軽い始まりですよね(笑)。
高校は長崎県内の陸上の強豪・瓊浦高校へ。5000mの記録は1年時の15分18秒26から、3年時には14分31秒59まで伸びたそうです。
| 学年 | 5000mの記録(ブログの紹介) |
|---|---|
| 高校1年 | 15分18秒26 |
| 高校2年 | 14分49秒48 |
| 高校3年 | 14分31秒59 |
高校3年の冬には、全国高校駅伝で3区を走り、都大路に立ちました。中学で辞めるつもりだった少年が、全国の舞台へ。ここから物語が大きく動き出します。
進路を変えた担任の一言
実は高校時代の山下一貴さんは、卒業したら就職するつもりでした。勉強が嫌いだからと、機械科に入っていたそうです。
当時はオリンピックや世界選手権を意識することもなく、箱根駅伝にも興味がなかったと話しています。
ところが、高校2年の担任との面談で一般企業に就職したいと伝えると、「もっと上を目指せ」と言われたんだとか。
この一言で陸上を続けると決めたものの、当時の力では実業団に入れず、声をかけてくれた駒澤大学へ進むことになりました。
もしこの担任の先生がいなかったら、金メダルはなかったかもしれません。人生を変える一言って、本当にあるんですね。
また、地元の長崎を拠点とする三菱重工で走りたいという思いは、高校時代から持っていたそうです。
駒澤大学で箱根駅伝のエース区間へ
駒澤大学に進んだ山下一貴さんは、箱根駅伝のエース区間「花の2区」を3年連続で走りました。
大学に入ってすぐ、大八木弘明監督の家での食事会で、三菱に行きますと宣言していたそうです。自分にはスピードがないので、マラソンしかないと感じていたと話しています。
| 学年 | 区間 | 区間順位 | タイム |
|---|---|---|---|
| 2年(第94回) | 2区 | 13位 | 1時間09分58秒 |
| 3年(第95回) | 2区 | 9位 | 1時間08分09秒 |
| 4年(第96回) | 2区 | 13位 | 1時間08分18秒 |
大八木監督からは、ことあるごとに、ゆくゆくはマラソンで日本代表になれと言われ続けたとか。その言葉は、アジア大会の金メダルで形になりましたね。
本人はのちに、もし高校卒業で三菱に入れてもらっていたら4年目まで続けられたか分からない、と振り返っているそうです。駒澤での4年間が、今の山下一貴さんの土台になっているんですね。
ちなみに、山下一貴さんの代は、駒澤大学の中では最初「弱い代」と言われていたそうです。同期はわずか8人で、入学したときの5000mの持ちタイムも、今のように13分台の選手がそろう時代ではありませんでした。
それでも2年生のとき、初めて走った第94回箱根駅伝の10日前に大八木監督から「おまえ、1区と2区、どっちがいい」と聞かれ、来年以降の話だと思って2区と答えたら、そのまま2区に決まったんだとか。本人も「まさか自分がって思いましたね。」と振り返っています。
web Sportivaのインタビューでは、沿道の声についてこんな本音も話していました。
「まったく知らない人がいきなり『男だろ!!』と声かけしてくるんです。これ、知らない人に言われるとすごく違和感があるんですよ。それはやめてほしかったですね」
応援はありがたいけれど、知らない人からの「男だろ!!」はちょっと…という正直さ。飾らない人柄が伝わってきますよね(笑)。
箱根駅伝のハプニング|鶴見中継所で襷が…
山下一貴さんの箱根駅伝といえば、3年生のときの鶴見中継所でのハプニングを覚えている人もいるのではないでしょうか。
1区から2区へ襷をつなぐ鶴見中継所で、受け取るはずの山下一貴さんが見当たらない、という事態が起きたんです。
スポーツ報知の記事をもとにしたブログによると、1区の片西景選手は7位で中継所に入ったものの、渡す相手がいませんでした。約10秒後に山下一貴さんが現れて襷がつながりましたが、その間に2校に抜かれてしまったそうです。
レース後、山下一貴さんは、1区の到着まではまだ時間があると思っていたと説明し、片西さんの顔が怖かった、帰ったら謝りますと話したとか。
正直すぎるコメントに、思わず笑ってしまいますよね(笑)。それでも走りは区間9位で、7位のまま3区へつないでいます。こういうところも、愛される理由なのかもしれません。
アジア大会で金メダル|ホッとしています
山下一貴さんは、愛知・名古屋アジア大会の男子マラソンで2時間10分49秒の金メダルを獲得しました。
日本勢の優勝は、2018年ジャカルタ大会の井上大仁選手以来8年ぶり。井上選手は同じ三菱重工マラソン部の先輩です。
勝負を決めたのは30キロを過ぎてからの上り坂。総監督の指示どおりに仕掛けたと、こう振り返っています。
「きつくはあったんですけど、(黑木純)総監督からそこで仕掛けるように言われていたので、頑張って仕掛けました」
33キロを前にいったん3番手に下がり、「一時離された時は焦りました」と話しつつも、35キロを前に再び先頭に追いつき、35.5キロでスパートして勝負を決めました。
レースを終えた山下一貴さんの第一声は「ホッとしています」。続けて、こう語っています。
「先輩方がメダルを取っているので、周りからも金メダルへの期待がすごく多かったので、メダルを取ることができて心底ホッとしています」
レース後のインタビューでは「日本の声援が多くてとても力になりました」と語る一方、沿道の声援について「(声援に)反応する余裕なくて申し訳ない」と謝る場面もあり、人の良さがにじむと話題になりました。
実は所属先の選手紹介には、今シーズンの目標として「アジア大会優勝」と書かれていました。目標をそのまま結果にしたんですね。地元・長崎市も、市役所の大型画面に「感動をありがとう」とのメッセージを映し出して祝福したそうです。
実はアジア大会の代表に選ばれたのは、今回が初めてではありません。日テレNEWSによると、当初2022年に開かれる予定だった前回の杭州大会でも一度は代表に選ばれていましたが、新型コロナ禍で大会が延期になり、内定が解除されていました。
金メダルの裏には、脚の対策もあったそうです。世界陸上ブダペストでは残り2キロで両脚がつって11位。読売新聞によると、その後は右太もも裏の張りが約1年続いて低迷した時期もありました。
アジア大会でも「10キロ過ぎからずっと『つらないといいな』と思っていた」そうですが、レース序盤から視線を下げて走っていたのは、過度に前傾しがちな骨盤を立てるため。トレーナーの助言を守ったことで脚への負担が減り、つる症状は「全く出なかった」といいます。
万全になった今は「走るのが楽しい」と話す山下一貴さん。読売新聞は、ロサンゼルス五輪の代表争いの有力候補に名乗りを上げた、と伝えています。
ちなみに、ブログでは、ナイキの厚底シューズ「ヴェイパーフライ」や「アルファフライ」のシリーズを、レースによって履き分けていると紹介されています。
同学年の吉田祐也と日本代表に
アジア大会の男子マラソンには、同学年の吉田祐也さんも日本代表として出場していました。
日テレNEWSでは、1997年生まれの山下一貴さんと吉田祐也さんが「同学年コンビ」として紹介されています。駒澤大学OBの山下一貴さんと、青山学院大学OBの吉田祐也さん。箱根駅伝で競い合った世代が、そろって日の丸を背負ったんですね。
レースは17キロ過ぎに中国の選手がペースを上げ、集団がばらけて吉田祐也さんらが後れを取る展開に。吉田祐也さんは2時間18分33秒の11位でした。
| 順位 | 選手 | 記録 |
|---|---|---|
| 金 | 山下一貴(日本) | 2時間10分49秒 |
| 銀 | S.バルワル(インド) | 2時間11分37秒 |
| 銅 | 豊配友(中国) | 2時間12分13秒 |
| 11位 | 吉田祐也(日本) | 2時間18分33秒 |
山下一貴さんは、世界陸上のときとの違いをこう語っていました。
「世界陸上(ブダペスト大会)の時はまだチャレンジャーの気持ちで楽しむことができたんですけど、今回は金メダル、優勝を目指していたので、すごくプレッシャーがあってきつかった。解放されて、めちゃくちゃうれしいです」
同じ世代の仲間と同じレースを走り、自分は有言実行の金メダル。ゴールのあとに見せたイチタカスマイルには、いろんな思いが詰まっていたのでしょうね〜〜!
山下一貴の結婚についてわかっていることのまとめ
- 山下一貴は2023年1月9日に自身のXで結婚を報告した
- 報告の文面は山下結婚しました、のひと言だったとされる
- 結婚相手は一般の方で、名前や年齢、仕事は公表されていない
- 2歳年下の一般女性とブログで紹介されている
- 妻の名前をゆいとする噂があるが、本人は明かしていない
- 子供がいるという発表は出ていない
- 結婚の2か月後の東京マラソンで2時間05分51秒をマークした
- 名前の一貴には、父の一字など両親の思いが込められているとされる
- 中学は長崎市立滑石中学校、高校は瓊浦高校
- 高校時代は就職するつもりだったが、担任の一言で進学した
- 駒澤大学では箱根駅伝の2区を3年連続で走った
- アジア大会の男子マラソンで日本勢8年ぶりの金メダルを取った
- 同学年の吉田祐也と同学年コンビで日本代表として走った
