ボカロPとして数々の名曲を生み出した椎名もたさんが、2015年7月23日に20歳の若さで亡くなりました。死因は公表されておらず、小田急線の人身事故との関連や自殺説など、さまざまな憶測がネット上に飛び交っています。
最後のツイートや遺作のタイミング、いじめやうつ病といった過去の苦悩も重なり、多くのファンが今もその真相を気にしていますよね。
ここでは、当時の状況やネット上の噂の検証、そして没後10年を迎えた椎名もたさんの音楽が今どうなっているのかを整理していきます。
椎名もたの死因は小田急の人身事故?亡くなった当日にも新曲を投稿
- 椎名もたさんの死因は2026年現在も公表されていない
- 亡くなった2015年7月23日に小田急線で人身事故があったが、本人との関連は否定的
- お別れ会の参加者が「眠っているように綺麗な顔だった」と証言しており、人身事故説とは矛盾する
- 最後のツイートは亡くなった当日の午後8時48分頃。直前まで創作活動を続けていた
- 没後10年を経て代表曲「少女A」はYouTube1.8億回再生を突破し、世界的なヒットを記録中
| 名前 | 椎名もた(ぽわぽわP) |
|---|---|
| 本名 | 溝口 遼(みぞぐち りょう) |
| 生年月日 | 1995年3月9日 |
| 没年月日 | 2015年7月23日(20歳没) |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 職業 | ソングライター・ボカロP |
| 代表曲 | 少女A、Q、ストロボラスト、アストロノーツ |
死因は2026年現在に至るまで一切公表されていません。
葬儀と告別式は近親者のみで執り行われ、その後7月28日にかわさき南部斎苑にてお別れ会「ceremony of siinamota」が開催されました。
「最後にいろんな人に来て欲しい」というご遺族の意向により、しめやかな葬儀ではなく、DJ・VJによるライブ形式のパーティーとして行われたそうです。
参加した方の証言によると、会場には愛用していたPC周りの制作環境がそのまま再現されていたとのこと。最後まで「音楽家・椎名もた」として送り出されたことがわかります。
実は、亡くなった当日(7月23日)にも、新曲「赤ペンおねがいします」を投稿したと自身のSNS上で発表していました。
最後のツイートは午後8時48分頃。その直前まで、彼はSNS上で活動している様子が見られました。直前まで創作活動を続けていたからこそ、その死はあまりにも唐突で、受け入れがたいものでした。
遺作となったこの曲の歌詞は、改めて読み返すと妙に生々しく、彼自身の感情をありったけ詰め込んだようにも感じられます。
椎名もたの死因は自殺だったのか?繊細すぎた性格と苦悩
いじめやうつ病といった過去の経験から、ファンの間では自殺説がささやかれ続けています。ここでは人身事故説の検証と、彼が抱えていた苦悩について整理します。
死亡日当日の小田急「人身事故」説はデマである可能性が高い
椎名もたさんが亡くなった2015年7月23日、確かに小田急線で人身事故が発生しています。亡くなったのは20代前後の男性と報じられました。
さらに、事故が起きた時間帯は、椎名もたさんが最後のツイートをした約45分後でした。
「SNSの投稿が途絶えた時間」と「事故発生時刻」、そして「年齢・性別」が重なったことで、「これが本人なのではないか?」という噂が急速に広まりました。
噂を補強してしまったのが「住所」です。過去に百合ヶ丘の美容室を利用しているツイートがあったことなどから、椎名もたさんの住まいが百合ヶ丘付近であることが知られています。事故現場と居住エリアが近いことから、信憑性があるように感じられたのです。
しかし、この説には決定的な矛盾があります。
お別れ会に参加し、最後のお別れをした方々が「眠っているかのように、とても綺麗な顔だった」と証言しているのです。
電車の人身事故であれば、遺体に激しい損傷が残るため、綺麗な状態で対面することは極めて困難です。このことから、小田急線の事故で亡くなった男性は、別の方である可能性が高いと言えます。
いじめ・うつ病・家庭環境——SNSに吐露した苦悩
椎名もたさんは、学生時代にいじめを受けていたことを告白しています。中学校では吹奏楽部に所属していましたが、先輩からのいじめにより退部を余儀なくされました。
さらに、2012年(当時17〜18歳)のインタビューでは、高校入学後にうつ病を発症してしまったとも語っていました。
10代の頃は家に引きこもりがちになり、その逃げ場所であり自己表現の場として、楽曲制作に没頭していたようです。
6人家族だった椎名もたさんですが、家庭環境は必ずしも円満だったとは言えないようです。かつて「古河のろ」という名義で活動していた時代には、家庭環境への悩みや不満をSNS上に書き込んでいました(現在はアカウント削除済み)。
15歳だった2010年頃から投稿されていたその内容は、繊細な彼が抱えていた孤独を感じさせるものでした。
次第にネット上で批判的な言葉を浴びせられることが増え、2011年初頭には活動休止に追い込まれます。
後のインタビュー(2012年3月)では、この活動休止中に躁鬱(そううつ)状態にあったことを赤裸々に語っています。メンタル面の不調は長く続き、「自殺をする」といった言葉をネットに書き込んだことも何度かあったようです。
また、亡くなる数ヶ月前のインタビューでも、「行きたい高校に行けなかった」という過去の挫折について触れています。家族との関係や進路の悩みは、彼の中で長く燻り続けていたのかもしれません。
彼は以前、ネット上にネガティブな感情を書き込んでしまう心境について、こう語っていました。不幸も幸福も人に見せびらかしちゃダメだと今では思うけれど、当時は神経がいかれてしまって、ネット上の自分に対する悪口も見ずにはいられなかった——と。
「見なきゃいい事を見ないままでいる」ことが、どれほど難しいか。SNS社会を生きる現代人にとって、この言葉はあまりに切実です。
遺作「赤ペンおねがいします」の動画コメント欄には、心無い言葉も書き込まれていたと言われています。「昔の方が好きだった」といった残酷な比較の言葉が、音楽と共に生きてきた彼にどれほど響いたのか。真相は彼にしか分かりません。
椎名もたの死因は病気(突然死)だったのか?
人身事故説が否定される最大の理由は、前述の通り「眠るように綺麗な顔だった」という証言です。ここから、突発的な病気が原因だったのではないかという意見も根強くあります。
よく挙げられるのは脳卒中や急性心不全といった、外傷を伴わない突然死です。これらは高齢者の病気と思われがちですが、遺伝や体質によっては若い世代でも発症する可能性があります。
また、「急性白血病ではないか?」という噂もありました。しかし、亡くなる前日は渋谷で買い物を楽しむ様子が目撃されており、あまりにも進行が急激すぎるため、疑問が残ります。
元気な様子からわずか1日での急変。病気だった可能性も完全には否定できませんが、公式発表がない以上、真相は闇の中です。
「椎名もたは生きている」という噂と、伝説となった『少女A』
椎名もたさんの死後、「実はまだ生きているのではないか?」という噂が流れたことがありました。その真相と、没後に起きた驚くべき音楽的成功について見ていきましょう。
「生存説」の真相——友人による代理投稿だった
この噂のきっかけは、亡くなった2ヶ月後の2015年9月23日に、新曲「ヘルシーエンド」が投稿されたことです。
しかし、これは彼が生きていたわけではありません。彼の遺志を継いだ友人であり、同じくボカロPのYuma Saito氏によって代理投稿されたものでした。
この投稿は、多くのファンにとって「彼からの最後のメッセージ」として受け取られました。
死後10年を経て「世界一聴かれたボカロ曲」へ
没後10年が経過しようとする中で、TikTokなどをきっかけに代表曲『少女A』が世界的なバイラルヒットを記録しました。その勢いは凄まじく、次々と歴史的な記録を塗り替えています。
- 2024年3月:Spotifyでの累計再生数が1億回を突破。その後1.3億再生を超える
- 2024年7月:YouTubeでの再生数が1億回を突破。ボカロ曲として3例目の快挙
- 2025年:YouTubeの再生数で歴代トップだった『グッバイ宣言』を抜き、ボカロ楽曲として史上最も再生された曲(歴代1位)に
- 2026年3月時点:YouTube1.8億回再生を突破。UGC(二次創作・関連動画)を含む累計再生数は75億回超え
Billboard Japanの「Global Japan Songs Excl. Japan」では8位にランクインし、Spotifyは本曲を「SNSで話題となり、世界中のバイラルチャートにランクインした名曲」と紹介しています。
そして2026年3月9日、椎名もたさんの誕生日に合わせて没後10年プロジェクト「You meet siinamota」が始動しました。
かつてスタッフを務めていたU/M/A/A(ユーマ株式会社)が主催するこのプロジェクトでは、新たな世代のリスナーが椎名もたの音楽に出会い続けている現象を受け、特設サイトの開設などが予定されています。
作者が不在の中で、楽曲だけが国境を超えて愛され続けている——ボカロ史に残る、稀有な物語です。
まとめ:椎名もたの死因は不明のまま、音楽だけが生き続ける
椎名もた(ぽわぽわP)さんの死因については、自殺、小田急線の人身事故、病死など様々な憶測がありますが、ご遺族が公表しない以上、私たちがこれ以上詮索すべきではないのかもしれません。
確かな事実は2つだけです。彼が20歳という若さで旅立ってしまったこと。そして、彼が遺した音楽が、没後10年を経てかつてないほどの規模で世界中の人々の心を動かし続けていることです。
動画サイトのコメント欄には、今も毎日のように世界中の言語で感謝の言葉が書き込まれています。肉体はなくなっても、作品は生き続ける。椎名もたさんは、まさに「音楽となって永遠に生き続ける」存在になったのかもしれません。


一応、葬儀に参加している人のブログに「眠るようなきれいな顔だった」と書いてあったというのは多分あっていますが、それ自体が嘘であるという説もあります。本当かはしりませんが。どのブログかをはっきりさせたらわかるかもしれません。まあ、僕が遺族だとして、「多くの人に訪れてほしかった」と思っていても親族のみで葬儀をすると決定することにはそこまでおかしいとは思いませんが。そういうことって普通にあると思いますが。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11194593561
上記URLより
y_d********さん
2018/8/20 16:16
詳しいことはわかりませんが、、
亡くなった日に投稿した「赤ペンお願いします」という曲のコメントに『大人になって魅力がなくなった』というコメントがあったらしく最後の『大人になったから魅力がなくなった、と。 大人になってはいけないらしいですね』というツイートをしその1時間以内にもたさんの自宅付近の踏切で小田急線の事故がありました。20歳前後の男性だったということでもたさんと一致しています。もたさんは元からいじめなどを受けており病みツイートもよくしていました。
ですが、お通夜に行った人のブログでは『綺麗で眠っているようだった』と書かれていますので確証はできません。
追記
y_d********さん
2018/8/20 16:24
これです、、。
ここには葬儀は親族のみ、ブログの人は『遺族の人は多くの人に訪れてほしかった』と書いてあるのでブログの内容が嘘かもしれません。