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パリ2024パラリンピックの車いすテニス男子ダブルスで、小田凱人さんと組んで銀メダルを獲得した三木拓也さん。30代後半のベテラン選手として活躍する姿を見ていると、結婚しているのか、奥さんや子供はいるのか気になってきますよね。
ところが三木拓也さん、私生活についてはほとんど表に出していない人なんです。その代わりに見えてきたのは、テニスとの出会いをくれたおじいさんとお父さん、そして大病を乗り越えた物語でした。
結婚の真相から、噂が出た理由、骨肉腫を乗り越えて車いすテニスへ進んだ道のり、パリでの銀メダルまで、たっぷりお届けしますね。
【記事のポイント】
- 三木拓也さんが結婚したという発表や報道はありません
- 妻や彼女、子供がいると伝える話も出ていません
- 結婚の噂が出る理由として、パリ2024での知名度の高まりや年代、検索結果に別人の情報が混ざることが挙げられています
- 『ボクらの時代』(2024年5月26日放送)では、杉山愛さんに引退後の生活について質問しています
- テニスを始めたのは祖父の影響で、父がラケットを買ってくれたと本人が語っていると言われています
- 高校3年のときに骨肉腫を発症し、車いすテニスに転向しました
- パリ2024パラリンピックでは小田凱人さんと組んだ男子ダブルスで銀メダルを獲得しました
| 名前 | 三木拓也(みき たくや) |
|---|---|
| 生年月日 | 1989年4月30日(ブログの紹介) |
| 出身地 | 島根県出雲市 |
| 所属 | トヨタ自動車 |
| 競技 | 車いすテニス |
| 主な成績 | パリ2024パラリンピック 男子ダブルス銀メダル(小田凱人さんとペア) |
| 結婚 | 発表・報道は見当たらない |
三木拓也は結婚している?妻や子供の情報と結婚観
- 結婚している?結婚の発表は?
- 妻や彼女はいる?
- 子供はいる?
- 結婚の噂が出た理由は?
- 『ボクらの時代』で杉山愛に尋ねた引退後の生活
結婚している?結婚の発表は?
結論から言うと、三木拓也さんが結婚したという発表や報道はありません。
パリでの活躍で一気にファンが増えた三木さん。私生活も気になるところですよね。
ネット上のブログでも、結婚を伝える発表はどこにも出ていないとされています。所属先のトヨタ自動車の選手紹介「トヨタイムズスポーツ」にも、家族構成に触れた話は見当たらないそうです。別のブログも、結婚について公式な発表はないとしています。
実際、結婚について検索しても、上位に並ぶのは試合の結果や、地元・出雲市の応援を伝える記事がほとんど。本人が結婚について話した言葉も、今のところ出てきていません。
ただし、発表がないことは、結婚していないことと同じではありません。結婚しているかどうかは、公表されている情報からは分からない、というのが正確なところですね。
| 項目 | わかっていること |
|---|---|
| 結婚の発表・報道 | 見当たらない |
| 所属先の選手紹介 | 家族構成に触れた話なし |
| 本人の結婚についての発言 | 出てきていない |
妻や彼女はいる?
奥さんや彼女がいると伝える話も、今のところ出ていません。
これだけ魅力的な選手ですから、パートナーの存在が気になる人も多いですよね。
ネット上のブログでは、出雲市の広報誌に載ったパリ2024のパブリックビューイングの記事などを挙げ、インタビューで家族として語られるのは幼少期のお父さんやおじいさん、兄弟の話に限られていて、奥さんやパートナーは登場しないと書かれています。
本人はインスタグラム(@takuya.miki1)を公開していて、趣味の写真や競技の投稿が中心だと紹介されています。結婚指輪やパートナーが写り込んだ投稿が話題になったこともないそうです。
発信するのは競技と趣味の写真ばかり。プライベートはしっかり守るタイプなのかもしれませんね。
子供はいる?
子供がいると伝える話も、今のところ出ていません。
ただ、三木拓也さんは子どもと関わる活動を続けているんです。ここ、ちょっと心が温まる話なんですよ。
朝日新聞(2024年12月17日)は、三木さんと同じ骨肉腫を発症した島根県の小学生が、三木さんと車いすテニスでラリーを楽しんだことを伝えています。
同じ病気を経験した先輩として、子どもに寄り添う。三木さんだからこそできる交流ですよね。
ブログでは、こうした子どもとの交流が「子供がいるのでは」という誤解を生む可能性がある、と書かれています。もちろん、これは三木さん自身の子供の話ではありません。
私生活が表に出にくい背景として、ブログでは次のような点が挙げられています。
| 背景 | 内容 |
|---|---|
| 発信の中心 | 競技が中心 |
| 生活の拠点 | 出場する大会の9割くらいが海外の試合(本人) |
| 取材のテーマ | 共生や普及に集中している |
出場する大会の9割くらいが海外となると、私生活の話が出てこないのも納得ですよね。
結婚の噂が出た理由は?
結婚が検索される理由について、ネット上のブログでは次の3つが挙げられています。
- パリ2024で銀メダルを獲得し、知名度が一気に上がった
- 1989年生まれの30代後半で、結婚に関心を持たれやすい年代
- 検索結果に別人の情報が混ざる
特に3つ目、ここがちょっと面白いところなんです。
実際に「三木拓也 結婚」で検索すると、ボートレーサーの三木晴斗さんのページや、ホテルのウエディングレポートなど、三木拓也さんとは関係のないページも並んでいます。これを見て、結婚したのかと勘違いしてしまう人もいそうですよね。
さらに、『ボクらの時代』で共演した杉山愛さんが結婚や出産について語った記事も上位に出てきます。ただこれは杉山さんの話で、三木さんの結婚の話ではありません。
『ボクらの時代』で杉山愛に尋ねた引退後の生活
2024年5月26日に放送されたフジテレビ『ボクらの時代』で、三木拓也さんは杉山愛さん、小田凱人さんと鼎談しました。
テニス界のレジェンドと、パリでペアを組む若きエース。この顔ぶれ、テニスファンにはたまらないですよね。
めざましmediaによると、三木さんは杉山さんに引退後の生活について質問しています。
すると杉山さんは、「引退して2週間後に主人と出会った」と明かしました。さらに、不妊治療を経て2人の子供を出産したことや、自分のことはやり遂げたので次は家族のために、という思いを語っています。
30代後半のベテランとして、競技の先にある人生を先輩に尋ねる。三木さんなりに、将来のことを考える時期に来ていたのかもしれませんね。
ただ、三木さん自身が結婚観を語った言葉は、この記事の中には出てきません。ブログでは、引退後の人生を聞き役として尋ねていた回だと紹介されています。
三木拓也の結婚とあわせて知りたい|家族・病気・パリ銀メダル
- 何者?プロフィールと所属
- 父親と祖父が支えたテニス人生
- 3兄弟で育った島根の幼少期
- 骨肉腫と車いすテニスとの出会い
- パリ2024で銀メダル・小田凱人とのダブルス
- 三木拓也の結婚についてわかっていることのまとめ
何者?プロフィールと所属
三木拓也さんは、島根県出雲市出身の車いすテニス選手です。所属はトヨタ自動車で、トヨタイムズスポーツに選手ページがあります。
ブログによると、1989年4月30日生まれで、趣味は写真撮影です。パラリンピックにはロンドン、リオ、東京と3大会連続で出場し(西スポ)、パリ2024で4大会目の出場を果たしました。
4大会連続出場なんて、長く日本の第一線で戦い続けてきた証ですよね。
トヨタイムズスポーツでは、サーブのフォーム解析や車いすのシートの改良に取り組む様子が紹介されています。道具やフォームまで細かく突き詰める、研究熱心な一面が伝わってきます。
ブログによると、平日は味の素ナショナルトレーニングセンターでテニスを3時間ほど、トレーニングを1時間半ほど行い、昼寝を合わせて1日9時間近く眠るそうです。
オフは写真撮影のほか、子どもの頃から釣りやキャンプも好きで、目標は2028年のロサンゼルスパラリンピック出場だと紹介されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| パラリンピック | ロンドン・リオ・東京・パリ2024の4大会に出場 |
| 平日の練習 | テニス3時間ほど・トレーニング1時間半ほど(ブログの紹介) |
| 睡眠 | 昼寝を合わせて1日9時間近く(ブログの紹介) |
| 趣味 | 写真撮影・釣り・キャンプ |
| 目標 | 2028年ロサンゼルスパラリンピック出場(ブログの紹介) |
父親と祖父が支えたテニス人生
ブログによると、三木拓也さんがテニスに出会ったのは祖父の影響です。
本人が「テニスとの出会いは祖父がテニスを愛好していた影響」と語っている、とブログで紹介されています。おじいさんが楽しむ姿を見て、自然とラケットに興味を持ったのかもしれませんね。
そして、そのラケットを買ってくれたのがお父さんでした。本人は「父が僕のためにラケットを買ってくれたこと、それは非常に印象として残っています」と語っているそうです。
初めて自分のラケットを手にしたときのうれしさ。何十年たっても忘れられない思い出なんですね。
さらに、お父さんと一緒に課題に取り組んで1つずつクリアしていくことが、自分の性に合っていた、とも話しているそうです。
いずれもブログで引用されているインタビューの言葉で、元の媒体や日付までは示されていません。お父さんやおじいさんの名前も出てきません。
3兄弟で育った島根の幼少期
ブログによると、三木拓也さんは3兄弟です。本人が「僕は3兄弟なのですが」と語り、子ども3人とお父さんの4人でサッカーのミニゲームをしていたそうです。
兄弟3人とお父さんでボールを追いかける光景、にぎやかで楽しそうですよね。兄弟の名前や年齢差は公表されていません。
小学生のときはサッカーに加えて水泳や卓球も楽しみ、小学6年生でサッカーの壁にぶつかったことが、テニスに軸足を移すきっかけになったと紹介されています。
本人は島根県出身ということもあって自然が好きで、写真では風景を撮ることが多いと語っている、ともブログに書かれています。島根の豊かな自然の中でのびのび育ったからこそ、今もカメラを向けたくなるんでしょうね。
骨肉腫と車いすテニスとの出会い
三木拓也さんは、高校3年の時に骨肉腫を発症しました(朝日新聞)。
テニスに打ち込んでいた高校生を、突然大きな病気が襲ったんです。
ブログによると、高校3年の11月に膝を痛めて受診し、骨肉腫と診断されたそうです。切断か人工関節かの選択を迫られ、人工関節にして脚を残す道を選んだといいます。
術後はまったく脚が動かせず、体重も65kgから48kgまで落ちたと紹介されています。高校生にとって、どれほどつらい日々だったことでしょう。
それでも三木さんは、この経験を前向きにとらえています。朝日新聞によると、イベントでのフリートークで本人は、テニスをしていなかったら病気が見つからなかった可能性もあったので、テニスに救われた、という趣旨の話をしています。
病気で奪われかけたテニスに、実は救われていた。この言葉、胸にぐっと来ますよね。
ブログによると、闘病中に病室で国枝慎吾さんの試合の映像を見たことが、車いすテニスへ進むきっかけになったそうです。そして2009年から本格的に始めたと紹介されています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 高校3年の11月 | 膝を痛めて受診し、骨肉腫と診断(ブログの紹介) |
| 手術 | 人工関節にして脚を残す道を選ぶ |
| 闘病中 | 病室で国枝慎吾さんの試合映像を見る |
| 2009年 | 車いすテニスを本格的に始める |
パリ2024で銀メダル・小田凱人とのダブルス
パリ2024パラリンピックでは、小田凱人さんと組んだ男子ダブルスで銀メダルを獲得しました。
地元も大盛り上がりでした。出雲市の広報いずも(2024年11月号)は、市役所のパブリックビューイングに約80人の市民が集まり、声援を送ったと伝えています。
小田さんとのペアは、飯塚国際車いすテニスで初めて組んで優勝した「17歳差ペア」です(西スポ)。親子ほど年の離れた2人が、初めて組んでいきなり優勝。すごい相性ですよね。
2024年4月のジャパンオープンでも連覇し、三木さんは「小田選手は、劣勢でも変わらず、プレーの間の声掛けやハイタッチでパワーをもらえて助けられた」と話しています(日テレNEWS)。
読売新聞(2024年9月2日)は、パリ2024の初戦について、小田さんが「試合をやっていく中で、2人の息がどんどん合っていった感じ。いいスタートかなと思う」と語ったことを伝えています。
ただ、ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。ブログによると、2017年に腰を痛め、2018年からの1年間は怪我で選手として活動できなかったそうです。
その時期を支えたのが、所属先とサポート企業でした。車いすの座面はトヨタ自動車で開発してもらっていると本人が語った、とブログで紹介されています。
大病、そして怪我。何度も壁にぶつかりながら、そのたびに周りの支えを力に変えてきた三木さんがつかんだ銀メダルなんですね〜〜!
三木拓也の結婚についてわかっていることのまとめ
最後に、三木拓也さんの結婚について、わかっていることをまとめておきますね。
- 結婚したという発表や報道は見当たらない
- 妻や彼女、子供がいると伝える話も出ていない
- 発表がないことは結婚していないことと同じではなく、公表情報からは分からない
- 本人の言葉として紹介される家族の話は、テニスのきっかけをくれた祖父や父、3兄弟の話(元の媒体は示されていない)
- 高校3年で骨肉腫を発症し、車いすテニスに転向した
- パリ2024では小田凱人さんと組んだ男子ダブルスで銀メダルを獲得した
結婚の話は表に出ていないものの、おじいさんとお父さんがくれたテニスとの出会い、そして大病を乗り越えてつかんだ銀メダルという、胸を打つ物語を持つ人でした。目標のロサンゼルスでも、また笑顔が見られるといいですね!
