佐藤駿に彼女はいる?熱愛の噂や歴代彼女と好きなタイプ

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ミラノ・コルティナ五輪で、団体の銀メダルと男子シングルの銅メダルを手にしたフィギュアスケーターの佐藤駿さん。ショートプログラム9位からの大逆転に、思わず声を上げた人も多いのではないでしょうか。

一気に注目度が上がると気になってくるのが、プライベートですよね。佐藤駿に彼女はいるのか、噂の相手は誰なのか、と検索する人が一気に増えています。

ここでは、彼女の噂の出どころから好きなタイプ、そして彼を支える家族やコーチの素顔まで、本人の言葉をたっぷり交えてお届けしますね。

【記事のポイント】

  • 佐藤駿さんに彼女がいるという公表や熱愛報道は、今のところ出ていません
  • ネット上では同じフィギュアスケーターの名前が挙がることもありますが、交際を示す情報はありません
  • 恋愛観や好きなタイプも、本人は語っていません
  • 家ではゲームが大好き。羽生結弦さんにもらったペンダントは試合のときだけ着けるそうです
  • 家族は両親と本人の3人で、兄弟はいないと紹介されています
  • 父親は朝日新聞の取材に、家ではスケートの話を絶対しないと明かしています
  • コーチは日下匡力さん。五輪では刃こぼれしたスケート靴を研磨し、チームの救世主に
  • 所属はエームサービス/明治大学。公式キャラクター「駿パンダ」も誕生しています
名前 佐藤駿(さとう しゅん)
生年月日 2004年2月6日
出身 宮城県仙台市
身長 162cm
所属 エームサービス/明治大学(政治経済学部)
コーチ 日下匡力、浅野敬子
主な成績 ミラノ・コルティナ2026 団体銀メダル・男子シングル銅メダル
家族 父、母(兄弟はいないと紹介されている)

佐藤駿の彼女は誰?熱愛の噂・歴代彼女と好きなタイプ

  • 彼女はいる?熱愛報道は出ていない
  • 噂の相手は?松生理乃や川辺愛菜の名前が出る理由
  • 歴代彼女は?学生時代の話
  • 好きなタイプは?恋愛観を語らない理由
  • 性格は?謙虚でシャイと言われる素顔
  • 事故の噂は?左肩の手術と五輪の刃こぼれ

彼女はいる?熱愛報道は出ていない

結論から言うと、佐藤駿さんに彼女がいるという公表や熱愛報道は出ていません。

週刊誌のスクープも、本人が恋人の存在をにおわせるような発言も、今のところ伝えられていないんです。

五輪で2つのメダルを取った22歳のスケーター。そりゃあモテそうですし、彼女がいるのか気になるのは当然ですよね。

ネット上のブログでも、交際を示す確かな情報はない、熱愛報道もSNSでの匂わせ投稿も見当たらない、という見方が書かれています。Instagramのアカウント(@shunsato_0206)も、試合や練習、スポンサー関連のイベントの投稿が中心だと紹介されています。

結婚についても、婚約や入籍の発表はありません。

項目 伝えられていること
彼女 公表なし・熱愛報道なし
匂わせ投稿 見当たらないとブログで紹介
結婚 していない(婚約・入籍の発表なし)
普段の暮らし 埼玉県上尾市の自宅と練習拠点のリンクが中心(ブログの紹介)

では、なぜこれほど「彼女」が検索されるのか。やはり大きいのは、ミラノ・コルティナ五輪での大活躍です。普段フィギュアを見ない人にまで一気に名前が広まって、どんな人なのか知りたい人が増えたんですね。

ちなみにブログでは、同じ世代のライバルである鍵山優真さんの彼女とあわせて調べられている、という分析もありました。ライバル同士、つい比べたくなっちゃいますよね(笑)。

今は競技に全力を注いでいる時期。もし嬉しい発表があるとしたら、それは競技生活がひと段落したあとなのかもしれませんね。

噂の相手は?松生理乃や川辺愛菜の名前が出る理由

ネット上では、佐藤駿さんとの関係で同じフィギュアスケーターの名前が挙がることがあります。

あるブログのタイトルには「松生理乃や川辺愛菜とお似合い?」という言葉が並んでいました。ここ、ドキッとした人もいるかもしれませんね。

ただ、松生理乃さんや川辺愛菜さんと佐藤駿さんが交際しているという報道や、本人たちの発言は伝えられていません。名前が挙がっているのは、あくまでお似合いでは、というファン目線の話なんです。

ただ、名前がブログのタイトルに並んでいるだけで、交際を思わせる具体的な話は出てきていません。それでも、つい想像したくなってしまう気持ちは分かりますよね。

噂のタイプ 実際のところ
同じ競技の女子選手と交際 交際を示す報道・本人の発言なし
SNSで匂わせている 投稿は競技やイベントが中心と紹介されている

ちなみに、試合のときに着けているペンダントは、幼い頃に羽生結弦さんからもらった大切なお守り。このあと詳しく見ていきますね。

ネット上には、佐藤駿さんとの恋愛を描いたファンの創作小説まであるほど。それだけ多くの人が、彼の恋愛に夢をふくらませているということなんでしょうね。

とはいえ、実在の選手の名前が絡む話なので、噂は噂として受け止めておくのがいちばんです。

歴代彼女は?学生時代の話

佐藤駿さんの歴代彼女について、具体的な話は伝えられていません。

元カノの名前が出たこともなければ、学生時代の恋愛エピソードが語られたこともないんです。

その理由は、学生時代の生活ぶりを知ると納得できるかもしれません。

佐藤駿さんは5歳でスケートを始めました。上達の速さについて、振付師の宮本賢二さんとの対談でこう振り返っています。

「ジャンプばっかりずっとやっていたので。」

朝から晩までジャンプ漬け。小学2年生でダブルアクセル、中学1年の冬にはトリプルアクセル、高校1年の夏の合宿で4回転を跳べるようになったそうです。

高校3年生のときの対談では、勉強について「ぼちぼちですね。」と答え、「歴史系が好きで、苦手なのは英語と数学です。」と明かしていました。英語を頑張らないと海外の試合で困るよ、と言われて素直に「頑張ろうと思っています。」と返すあたり、なんとも可愛らしいですよね。

時期 主なできごと
5歳 アイスリンク仙台でスケートを始める
小学2年生 ダブルアクセルを跳ぶ
中学1年の冬 トリプルアクセルを跳ぶ
中学3年の春 父親の転勤で埼玉県へ
高校1年の夏 合宿で4回転を跳ぶ
大学 明治大学政治経済学部に入学・体育会スケート部へ

高校は埼玉栄高校、大学は明治大学政治経済学部と紹介されています。学業とスケートの両立で、恋愛どころではなかったのかもしれませんね。

もちろん、公表されていないだけという可能性もあります。ただ少なくとも、表に出ている情報からは、スケート一筋の青春という姿が浮かんできます。

好きなタイプは?恋愛観を語らない理由

佐藤駿さんは、好きなタイプや恋愛観について公の場で語っていません。

インタビューで聞かれるのは、ジャンプの構成や試合の心境が中心。バラエティ番組で恋愛トークを披露したことも伝えられていないんです。

そこでネット上では、本人の生活ぶりから好きなタイプを考察するブログがあります。その内容をまとめると、こんな感じです。

考察されているタイプ 理由として挙げられていること
穏やかで落ち着いた人 ゲームや漫画が好きなインドア派
自立した人 練習最優先の生活で、海外遠征も多い
誠実で礼儀正しい人 落ち着いた受け答えや仲間への接し方

たしかに、家での過ごし方を聞かれた佐藤駿さんは、こう答えていました。

「家ではゆったり休んだり、友達とゲームをしたりして過ごしています。」

ゲームが好きかと聞かれると「大好きです。」と即答。埼玉の同じクラブの仲間とオンラインで対戦しているそうです。

派手なデートより、おうちでまったり一緒にゲーム…なんて相手と気が合いそうな気もしますよね。

ただ、これらはあくまでブログの考察で、本人が語ったタイプではありません。恋愛観を語らないのは、今は競技に集中したいからなのかもしれませんし、単にシャイなだけなのかもしれませんね。

性格は?謙虚でシャイと言われる素顔

佐藤駿さんの性格は、謙虚でシャイだと言われています。

力強い4回転ジャンプからは想像しにくいかもしれませんが、インタビューを読むと、その素直で控えめな人柄がよく伝わってきます。

たとえば、憧れの羽生結弦さんとの関係について聞かれたときの一言。

「僕から話しかけることはさすがに無理なので。オーラがすごいので。」

五輪メダリストになった今でも、この感覚は変わらないのかな…と思うと、なんだか微笑ましいですよね。

同世代の鍵山優真さん、三浦佳生さんと「関東三羽烏」と呼ばれていることについては、こんな答え。

「いや、俺も(意味は)よく分かってないです(笑)。」

そして二人の存在をこう語っています。

「ライバルでもあって、憧れでもあります。自分を高めてくれる存在です。」

ライバルを素直に認めて、二人のジャンプは真似したいけど真似できないと話す。負けず嫌いと謙虚さが同居しているのが、佐藤駿さんの魅力なんでしょうね。

五輪で銅メダルが決まったときの言葉にも、その人柄がにじんでいます。

「言葉がないというか、自分でも表彰台に上れると思っていなかった。驚いています。本当に頑張ってきて良かった」

明治大学のMeiji NOWのインタビューによると、フリーを終えて順位が上がっていくのを見守っていたときは、こんな気持ちだったとか。

メダルを獲得できるとは1ミリも考えていなかったので、「8位以内に入って賞状がもらえたらいいな」というくらいの気持ちだったそうです。

賞状がもらえたらいいな、って(笑)。この飾らなさ、応援したくなっちゃいますよね〜〜!

河北新報の特集では、佐藤駿さんは謙虚で穏やかな性格で、みんなに愛されるキャラクターと紹介されています。採点を待つキス・アンド・クライで高得点が出ても、控えめに喜ぶのがほとんど。リアクションの大きな日下匡力コーチとの「温度差」も見どころなんだとか。

本人は「(日下コーチに)喜んでもらえるように頑張りたい」と、コーチの喜ぶ姿を励みにしているそうです。控えめな教え子と、全身で喜ぶコーチ。いいコンビですよね(笑)。

事故の噂は?左肩の手術と五輪の刃こぼれ

「佐藤駿 事故」と検索されることがありますが、事故に遭ったと伝える情報は出てきていません。

ただ、佐藤駿さんはこれまでにケガや手術、思わぬアクシデントを何度も乗り越えてきました。それが「事故」という言葉と結びついて検索されているのかもしれませんね。

できごと 伝えられている内容
左肩の手術 前回の北京五輪の時期に経験
右足首の負傷 6月末のアイスショーで負傷(診断は骨挫傷)。8月中頃にジャンプ練習を再開
五輪での刃こぼれ 団体戦の表彰台でスケート靴が刃こぼれ。日下コーチが研磨

とくに印象的なのが、ミラノ・コルティナ五輪での出来事です。団体戦の表彰台でスケート靴が刃こぼれするアクシデントがあり、研磨のスペシャリストである日下匡力コーチが刃を研磨したことが話題になりました。

佐藤駿さんは、そのときのことをこう振り返っています。

「日下先生には、本当に幼い頃からたくさんお世話になっていますが、特に今回はTEAM JAPANの救世主でした。」

そして、この研磨のおかげで男子シングルの銅メダルも実現したと感謝していました。表彰台でのまさかのトラブルから、個人戦で銅メダル。まるでドラマのような展開ですよね!

JOCのコラムでも、手術から4年を経てつかんだメダルとして紹介されています。ケガに苦しんだ時期を知っていると、あの銅メダルがいっそう輝いて見えますね。

佐藤駿の彼女とあわせて知りたい|父・家族・実家・コーチ・羽生結弦

  • 父はどんな人?スケートを始めたきっかけ
  • 家族構成は?兄弟はいない一人っ子
  • 実家は金持ち?上尾で暮らす理由
  • どこの出身?仙台市で育った子供時代
  • コーチは誰?日下匡力と浅野敬子
  • 憧れの選手は誰?羽生結弦にもらったペンダント
  • スポンサーは?エームサービスと駿パンダ
  • 身長は?プロフィールと成績

なお、右足首の骨挫傷については、全治約2カ月だったと明かしたことも伝えられています。

父はどんな人?スケートを始めたきっかけ

佐藤駿さんがスケートを始めたきっかけは、5歳の誕生日に父と遊びに行ったスケートでした。

宮本賢二さんとの対談によると、そのときのことはこんな感じだったそうです。

5歳の誕生日に、お父さんとスケートに遊びに行こうということになり、それがすごく楽しくて「また明日も通いたいな」と思い、そこから一週間通ってハマってしまったそうです。

誕生日のお出かけが、五輪メダリストへの第一歩だったなんて。お父さん、まさかこうなるとは思っていなかったでしょうね(笑)。

父親の名前や職業は公表されていません。中学3年の春に父親の転勤で家族そろって埼玉県へ移ったことから、転勤のある会社に勤めているのでは、と推測するブログもありました。

そして、父親の言葉として有名なのが、家庭でのルールです。朝日新聞の取材に、父親はこう明かしています。

「家ではスケートの話を絶対しないようにしています。試合の感想とかも一切しませんね」

さらに「私たち夫婦は試合も見にいかないようにしています。その方が、私たちの気持ちも楽ですし」とも。もう4年ほど前からだそうです。

父について 伝えられていること
名前・職業 公表されていない
スケートとの縁 5歳の誕生日に一緒にスケートへ
転居 中学3年の春、父の転勤で埼玉県へ
家庭のルール 家ではスケートの話をしない・試合も見に行かない

あえて距離を取って見守る。簡単そうで、なかなかできることではないですよね。家に帰れば「スケート選手」ではなく、ただの息子に戻れる。その場所があったからこそ、厳しい競技の世界で戦ってこられたのかもしれません。

さらに、お父さんは羽生結弦さんの大ファンだった幼い佐藤駿さんを、大会の観戦に連れて行っていたそうです。朝日新聞の取材に、お父さんはこう振り返っています。

「駿が羽生さんの、一番最初の追っかけだったんじゃないですかね」

新横浜で行われた全日本ジュニアをはじめ、茨城県ひたちなか市、青森県八戸市と、羽生さんの大会を観戦して回ったんだとか。息子の「好き」に付き合ってあちこち連れて行くお父さん、優しいですよね。

家族構成は?兄弟はいない一人っ子

佐藤駿さんの家族構成は、父・母・本人の3人家族で、兄弟はいない一人っ子だとブログで紹介されています。朝日新聞でも、両親との3人家族で育ったと伝えられています。

兄弟がいるという話は、どこからも出てきていません。

一人っ子と聞くと、両親の愛情を一身に受けて育ったんだろうな…と想像しちゃいますよね。

母親についても名前や職業は公表されていませんが、ブログでは食事面の支えが紹介されています。

家族 ブログなどで紹介されていること
父 転勤で仙台から埼玉へ。家ではスケートの話をしない
母 ピアノが好きで、本人は4歳ごろからピアノを習った。実家でホワイトシチューを作ってくれた
兄弟 いない(一人っ子)
ペット トイプードルの「ちわわん」、オカメインコの「ぴの」

母親がピアノ好きだったことがきっかけで、4歳のころからピアノを習っていたという話もあります。表現力が問われるフィギュアスケートに、音楽に親しんだ子ども時代が生きているのかもしれませんね。

また、以前は食事を母親が準備してくれていたため、食については全くの無知だったと振り返っていたそうです。お母さんの手料理で育ったことが、よく分かるエピソードですよね。

ペットはトイプードルとオカメインコ。遠征から帰ってきて、ちわわんとぴのに迎えられる佐藤駿さんを想像すると、ほっこりしちゃいます。

日刊スポーツの記事でも、一人っ子として両親の愛情に包まれながら伸び伸びと育ち、4歳のころからは母が好きだったピアノを楽しみながら弾いていた、と紹介されているそうです。また朝日新聞の記事には、幼少期からずっと佐藤駿さんのそばには動物がいる、という写真の説明もありました。

実家は金持ち?上尾で暮らす理由

佐藤駿さんの実家が金持ちかどうかは、はっきりとは分かっていません。

フィギュアスケートは、リンクの貸し切り代やコーチ料、衣装代、遠征費など、とにかくお金がかかる競技として知られています。そのため、5歳から長く続けてこられた佐藤駿さんの実家も、経済的に余裕のある家庭なのでは…と推測するブログがあるんです。

ただ、両親の職業や年収は公表されておらず、医師や会社経営者といった話も推測にとどまっています。

では、なぜ埼玉県上尾市で暮らしているのか。これは、はっきりしています。

中学3年の春に父親の転勤で家族そろって埼玉県へ移り、高校3年生のときの対談では、今どこにいるかを聞かれてこう答えていました。

「埼玉の上尾の自宅にいます。」

項目 内容
住まい 高校3年の対談の時点で埼玉県上尾市の自宅(中学3年の春に埼玉県へ転居)
練習拠点 埼玉アイスアリーナ
出身 宮城県仙台市
金持ち説 競技の費用から推測されているだけで、職業や資産は非公表

実家暮らしで、栄養面は所属先の専門家にもサポートしてもらいながら競技に打ち込む。お金持ちかどうかより、家族みんなで支え合っている姿が伝わってきますよね。

上尾市とのつながりは、今も深いんです。ミラノ・コルティナ五輪のあと、上尾市栄誉賞を受賞し、8月4日には上尾市の「キラリ☆あげおPR大使」に就任しました。上尾市のサイトで、上尾市の印象をこう語っています。

「皆さん優しくて、明るく活気に満ちたまちだなと感じます。また、おいしい飲食店がたくさんあることや住みやすさなどが魅力だと思います」

市内のお店で声をかけられることも増えたそうです。長年住んできた街で応援されるって、うれしいでしょうね。

どこの出身?仙台市で育った子供時代

佐藤駿さんの出身は、宮城県仙台市です。

子ども時代は仙台市の高森地区で過ごし、高森小学校・中学校に通っていたとブログで紹介されています。

スケートを始めたのは、アイスリンク仙台。そう、羽生結弦さんが練習していたリンクです。同じ仙台出身というだけで、なんだか運命を感じちゃいますよね。

ところが、小学生のときに東日本大震災が起こります。リンクが閉鎖され、一時的に埼玉県へ避難し、約1年後に仙台で練習を再開したと伝えられています。

その後、全日本ノービス選手権で4連覇。中学3年の春には父親の転勤で埼玉県へ移りました。

時期 できごと
5歳 アイスリンク仙台でスケートを始める
小学生 震災でリンクが閉鎖。一時埼玉へ避難し、約1年後に仙台で再開
2013年〜2016年 全日本ノービス選手権で4連覇
中学3年の春 父の転勤で埼玉県へ

ノービス時代の一番の思い出は、野辺山合宿で仲の良い友達がたくさんできたことだそうです。西の選手と関わる機会がなかったので、合宿でいろいろな人と知り合えたのがうれしかったと語っています。

そして、ミラノ・コルティナ五輪での銅メダルは、地元・宮城のテレビ局でも「仙台市出身の佐藤駿選手」として大きく伝えられました。仙台の人たちにとっても、誇らしいニュースだったでしょうね!

実は、今のコーチとの出会いも震災がきっかけでした。毎日新聞によると、震災で宮城のリンクが使えなくなった小学1年生のとき、当時のコーチのつてを頼って、一時的に日下匡力コーチと浅野敬子コーチの指導を受けたそうです。浅野コーチは、当時をこう振り返っています。

「『ちょっと預かってもらいたい子がいます。小学1年生でサルコウ跳べます』って言われたんですよ。」

震災で出会ったコーチと、のちに五輪のメダルをつかむ。不思議な縁を感じますよね。

コーチは誰?日下匡力と浅野敬子

佐藤駿さんのコーチは、日下匡力(くさか ただお)さんと浅野敬子さんです。フジテレビのスケート特集の選手紹介に、コーチとして2人の名前が載っています。

日下匡力さんは、埼玉アイスアリーナで指導にあたるコーチ。スケート靴の研磨の腕前でも知られていて、五輪で刃こぼれしたスケート靴を研磨し、日本チームの救世主になったのは先ほど紹介したとおりです。

浅野敬子さんは、日下さんの師匠にあたる人。日下さんは、浅野さんに誘われて指導者の道に入ったそうです。浅野さんからは「匡力にできないことはない」と何度も言われたと振り返っています。

コーチ 伝えられていること
日下匡力さん 埼玉アイスアリーナで指導。靴の研磨も自分で学んだ
浅野敬子さん 日下さんの師匠。日下さんを指導者の道に誘った

佐藤駿さんは、五輪の団体戦でフリーを任されたとき、日下コーチからこんな言葉をもらったそうです。

「駿くんなら、大丈夫!」

この言葉で、あとは期待に応えるだけだと自分を信じることができたと語っています。試合で得点を確認するとき、日下コーチが隣で喜ぶ姿も話題になっています。幼い頃から見てきた教え子の活躍、うれしさもひとしおでしょうね。

師弟そろってつかんだメダル。その絆の深さに、グッときちゃいますよね。

五輪の銅メダルが決まったあと、日下コーチは毎日新聞の取材に「感無量」と語りました。この1年、けがと闘いながら積み上げてきたいい練習がそのまま生かせた、とも話していたそうです。

憧れの選手は誰?羽生結弦にもらったペンダント

佐藤駿さんの憧れの選手は、羽生結弦さんです。

同じアイスリンク仙台で滑っていた地元の大先輩。当時のことをこう振り返っています。

「同じところで滑っていました。今じゃ考えられないですけど、同じ時間に一般営業で滑っていたんですけど、やっぱり圧倒されましたね。」

そして、有名なのがペンダントのエピソードです。幼い頃、羽生結弦さんから弓矢のペンダントをもらったそうで、今も大切にしています。

「試合のときだけ着けています。練習のときは万が一無くしたりしたら大変なので。」

練習では無くさないように外しておく。その大切にしている感じ、たまらないですよね。

羽生結弦さんのどこに憧れているのか聞かれると、こう答えていました。

「もちろん全部がすごいんですけど、僕が一番憧れているところは、ジャンプのランニングだったり、ステップとかがとても好きです。あそこまでジャンプを簡単に跳べるのはなんでだろうと思います。」

羽生結弦さんからは、4回転のコツを教わったり、「今日の調子良かったんじゃない」と声をかけられたりすることもあるそうです。

羽生結弦さんとの縁 内容
リンク 同じアイスリンク仙台で滑っていた
ペンダント 幼い頃にもらった弓矢のペンダント。試合のときだけ着ける
4回転ルッツ 日本人で初めて成功させたのが羽生さん。佐藤さんは日本人2人目

日本人で初めて4回転ルッツを成功させたのは羽生結弦さん、そして2人目が佐藤駿さん。憧れの背中を追いかけて、同じ大技を手にしたんですね。胸が熱くなります!

羽生結弦さんへの憧れが決定的になったのは、10歳のとき。テレビの向こうで、羽生さんがソチ五輪のショートプログラム「パリの散歩道」を演じていました。朝日新聞の取材に、佐藤駿さんはこう話しています。

「今でも覚えています。衝撃的でした」

「あの羽生さんを見て、僕も五輪の舞台に立ちたいと思いました」

そして、ジュニアのグランプリファイナルで優勝したときには、憧れの羽生結弦さんと談笑したり記念撮影したりする機会もあったそうです。10歳で見た夢を、自分の力でかなえていく。胸が熱くなりますね。

スポンサーは?エームサービスと駿パンダ

佐藤駿さんの所属先であり、長く支えているのがエームサービスです。社員食堂や給食の事業を手がける会社ですね。

エームサービスによると、2020年7月から佐藤駿さんへのスポーツ栄養サポートを受託し、2023年9月1日付けで所属契約を結びました。所属の表記は「エームサービス/明治大学」となっています。

時期 エームサービスとの関わり
2020年7月 スポーツ栄養サポートを受託
2023年9月1日 所属契約を締結
2024年・2025年 仙台うみの杜水族館でコラボイベント

公認スポーツ栄養士・管理栄養士が、日々の食事チェックと栄養アドバイスを行っているそうです。国内外の重要な大会でも、欠かさずサポートしているんだとか。

ユニークなのが、公式キャラクターの「駿パンダ」。佐藤駿さんの好きな動物であるパンダと本人を組み合わせたキャラクターで、グッズの収益は佐藤駿さんの活動費に充てられるそうです。

ほかにも、大好物の豚肉の生姜焼きをアレンジした応援メニューや、ひれかつやマグロなど好きな食べものから考えたランチボックスも登場しています。好物までオープンにされていて、親しみがわきますよね。

五輪後に開かれた社内の祝賀会では、社員に拍手で迎えられ、「毎回たくさん歓迎をしていただき、今回もこういう場を作っていただけて本当にうれしい」と喜んでいました。会社ぐるみで応援されているのが伝わってきます。

身長は?プロフィールと成績

佐藤駿さんの身長は162cmと紹介されています。

小柄な体で、ルッツ、フリップ、トーループ、ループ、サルコウの5種類の4回転を跳ぶ。「天才ジャンパー」と呼ばれるのも納得ですよね。

年 主な成績
2019年 ISUジュニアグランプリファイナル 優勝
2024年 四大陸選手権 2位・GPファイナル 3位
2025年 GPシリーズ中国大会 優勝・NHK杯 2位・GPファイナル 3位・全日本選手権 2位
2026年 ミラノ・コルティナ五輪 団体 銀メダル・男子シングル 銅メダル
2026年 世界選手権 3位

2019年のジュニアグランプリファイナルでは、ジュニア歴代世界最高記録のスコアで優勝。4回転ルッツで世界を驚かせました。

そして五輪を経験して、「気持ち」が強くなったと感じているそうです。今後は4回転アクセルや、4回転ジャンプを多く練習していきたいとも語っています。

彼女の話題が出てくるのはまだ先かもしれませんが、まずはリンクの上での新しい挑戦を楽しみに待ちたいですね〜〜!

新しいシーズンのプログラムは、ショートが宮本賢二さん振付の「愛しみのチャルダッシュ」、フリーがギヨーム・シゼロンさん振付の「ポエタ」と紹介されています。五輪のあとには母校の埼玉栄高校で報告会を開き、来季に向けた意気込みも語ったそうです。

佐藤駿の彼女についてわかっていることのまとめ

  • 佐藤駿に彼女がいるという公表や熱愛報道は出ていない
  • 松生理乃や川辺愛菜の名前を挙げるブログもあるが、交際を示す情報はない
  • 歴代彼女や学生時代の恋愛エピソードも伝えられていない
  • 好きなタイプや恋愛観は本人が語っておらず、ブログの考察にとどまる
  • 性格は謙虚でシャイと言われ、羽生結弦には自分から話しかけられないと語った
  • 事故に遭ったと伝える情報はなく、左肩の手術や五輪での刃こぼれを乗り越えてきた
  • スケートを始めたきっかけは、5歳の誕生日に父と遊びに行ったこと
  • 父は家ではスケートの話を絶対しないと語ったと伝えられている
  • 家族は両親と本人の3人で、兄弟はいないと紹介されている
  • 実家は金持ちという話は競技の費用からの推測で、両親の職業は非公表
  • 中学3年の春に父の転勤で埼玉県へ移り、高校3年の対談では上尾の自宅にいると語った
  • 出身は宮城県仙台市で、アイスリンク仙台でスケートを始めた
  • コーチは日下匡力と浅野敬子で、日下コーチは五輪で救世主と呼ばれた
  • 憧れの選手は羽生結弦で、もらったペンダントを試合のときだけ着けている
  • 所属はエームサービス/明治大学で、公式キャラクター駿パンダもいる

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