山本智大の兄はどんな人?2歳上の貴大さんの経歴と現在・バレー一家の家族構成

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男子バレーボール日本代表のリベロとして、コートの後ろから何度もチームを救ってきた山本智大さん。あの神がかったレシーブを見ていると、どんな家族のもとで育ったのか気になってきますよね。

実は、山本智大さんがバレーを始めたきっかけは、2歳上のお兄さんでした。兄はセッターとしてプレーし、今は中学校で子どもたちを指導していると言われています。

さらに父は中学バレーの名指導者、母はママさんバレーの選手という、まさにバレー一家。兄との子ども時代のエピソードから、日本代表の守護神が生まれるまでの物語を、たっぷりお届けしますね。

【記事のポイント】

  • 山本智大さんの兄は、2歳上の貴大(たかひろ)さん。スポーツ報知の取材に、弟の子ども時代を語っています
  • 小学1年のとき、兄の後を付いてチームの練習に行ったのが、バレー人生のスタートでした
  • 兄はセッターとして高校・大学・社会人でプレーしたと言われています
  • 兄は今、中学校でバレーを指導。弟は帰省するたびに、兄の教え子たちを激励しているそうです
  • 父・忠文さんは中学バレーの全国制覇監督で、リベロへの転向を助言した人
  • 母・伸子さんもママさんバレーの選手で、家族は両親と兄の4人
  • 同じ代表リベロの小川智大さんとは兄弟ではなく、W智大と呼ばれる名コンビ
  • 結婚の公式な発表は、今のところありません
名前 山本智大(やまもと ともひろ)
生年月日 1994年11月5日(大阪ブルテオン公式)
出身 北海道江別市
身長 171cm
ポジション リベロ
所属 大阪ブルテオン
学歴 とわの森三愛高校→日本体育大学
家族 父・忠文さん、母・伸子さん、2歳上の兄・貴大さん(スポーツ報知)

山本智大の兄はどんな人?名前・経歴と現在|バレー一家の家族構成

  • 兄はどんな人?名前と年齢
  • 兄の影響でバレーを始めた?
  • 兄のバレー歴|セッターとして高校・大学へ
  • 兄の現在は?中学の教師で監督
  • 兄弟仲がわかるエピソード
  • 父親はバレーの指導者?
  • 母はどんな人?
  • 兄弟は何人?家族構成

兄はどんな人?名前と年齢

結論から言うと、山本智大さんのお兄さんは2歳上の貴大(たかひろ)さんです。

日本代表のリベロにお兄さんがいると聞くと、どんな人なのか気になりますよね。

お兄さんが報道に登場したのは、東京五輪を目前に控えた2021年7月8日のこと。スポーツ報知が、北海道出身の五輪代表を家族や恩師が送り出す企画を組み、山本智大さんの父・忠文さんと兄・貴大さん(29)を取り上げたんです。

記事の中でお兄さんは、弟が泣き虫だった小学生時代のことや、日本代表に上りつめた今の姿について、兄ならではの目線で語っています。家族にしか話せない思い出が詰まっていて、読んでいるこちらまで胸が熱くなる内容なんですよ。

ネット上のブログでも、お兄さんの名前は山本貴大さんと紹介されていて、名前で説が割れているということはありません。

年齢については、報道の時点で見るのがわかりやすいです。2021年7月の記事の時点で29歳です。ブログの中には「2023年9月現在30歳」と書くものもあり、いつの時点で数えたかによって年齢の書き方が変わっています。

ここで、お兄さんについてわかっていることを整理しておきますね。

項目 内容
名前 山本貴大(たかひろ)さん
弟との年の差 2歳上
年齢 29歳(2021年7月のスポーツ報知の時点)
ポジション セッター(ブログの紹介)
現在 中学校でバレーを指導していると伝えられている

生年月日そのものは公表されていません。お兄さんは一般の方なので、表に出ている情報はどうしても限られます。

それでも、弟の晴れ舞台のために取材に応じ、子ども時代の思い出を語ってくれたお兄さん。弟思いの優しい人柄が伝わってきて、なんだかホッコリしますよね。

兄の影響でバレーを始めた?

はい、山本智大さんがバレーを始めたのはお兄さんがきっかけでした。

あのスーパーレシーブの原点がどこにあるのか、ここ、気になりますよね。

山本智大さんが初めてバレーボールに触ったのは、小学1年のとき。先にバレーを始めていたお兄さんの後を付いて、地元のチーム江別中央ガッツの練習に一緒に行ったのが始まりだったと、お兄さんの貴大さん自身がスポーツ報知で振り返っています。

お兄ちゃんの行くところにくっついていく、小さな弟の姿が目に浮かびますよね。最初は遊びの延長だったのかもしれませんが、その体育館で過ごした時間が、のちの日本代表リベロへとつながっていくわけです。

所属する大阪ブルテオンの公式プロフィールを見ても、バレーボールを始めたきっかけの欄は「家族の影響」となっています。お兄さんだけでなく、父も母もバレーに関わっていた家庭ですから、ボールが身近にある毎日だったのでしょう。

ネット上でも、兄の影響で小学1年からバレーを始めた、兄に誘われる形で始めた、といった話が広く出回っています。

ただ、山本智大さん本人が兄の影響だとはっきり口にした言葉までは見当たりません。とはいえ、お兄さん本人の証言と公式プロフィールがそろっているので、きっかけがお兄さんだったのはまず間違いなさそうですね。

もしお兄さんがバレーをしていなかったら、日本代表の守護神は生まれていなかったかもしれません。そう考えると、兄弟の縁ってすごいですよね〜〜!

兄のバレー歴|セッターとして高校・大学へ

お兄さんの貴大さんも、弟と同じく小学生のときにバレーを始め、ポジションはセッターだったと言われています。

弟がリベロで、兄がセッター。どちらもボールをつなぐ役割で、チームを後ろから支えるポジションなんですよね。兄弟そろって縁の下の力持ちタイプというのは、なんだか面白いと思いませんか?

ネット上の情報によると、お兄さんは高校は札幌藻岩高校、大学は東海大学札幌校舎に進み、卒業後も社会人チームでバレーを続けたとされています。大学ではリーグで優勝し、セッター賞を受賞したという話もあるんですよ。

もしこれが本当なら、お兄さんもセッターとしてかなりの実力者だったということになりますね。

一方で弟の山本智大さんは、江別市のとわの森三愛高校から東京の日本体育大学へ。兄は北海道で、弟は東京で、それぞれの場所でバレーを続けていったわけです。

ここで、兄弟のバレー歴を並べて比べてみますね。

項目 兄・貴大さん 弟・智大さん
始めた時期 小学生 小学1年
ポジション セッター リベロ
高校 札幌藻岩高校(ブログの紹介) とわの森三愛高校
大学 東海大学札幌校舎(ブログの紹介) 日本体育大学
その後 社会人チーム→中学校の指導者 FC東京・堺などを経て日本代表

ただし、お兄さんの進路や成績はブログで語られている話で、どの社会人チームに所属していたのかまでは出てきません。このあたりは、あくまでネット上の情報として受け止めておくのがよさそうです。

そんなお兄さんが、弟の五輪出場について語った言葉がこちら。スポーツ報知の記事で「自分には遠く届かなかった舞台に弟が立つことを誇りに思います」と話しています。

自分も本気でバレーに打ち込んできたからこそ、その舞台の遠さを誰よりも知っているんですよね。悔しさよりも誇らしさがにじむこの一言、兄としての愛情が詰まっていて、グッときちゃいます。

兄の現在は?中学の教師で監督

お兄さんの貴大さんは現在、中学校の教師としてバレーを指導していると伝えられています。

日本代表の弟を持つお兄さんが、今どんな毎日を送っているのか。ここ、気になっていた人も多いのではないでしょうか。

スポーツ報知によると、山本智大さんは地元に帰省すると、お兄さんが指導する中学校を訪れて生徒たちを激励するそうです。日本代表の選手がいきなり体育館に来てくれるなんて、中学生にとっては夢のような時間ですよね!

お兄さんはその記事で、こんな思いを語っています。

「弟の五輪出場は、子供たちにも大きな夢を与えてくれた。僕も指導者として、未来の五輪選手を育てたい」

自分は選手として五輪には届かなかったけれど、今度は指導者として、次の世代を五輪へ送り出したい。弟の活躍が、お兄さんの新しい目標にもなっているんですね。兄弟でバトンをつないでいるようで、とても素敵な関係だと思います。

ネット上でも、お兄さんは北海道の中学校で教師をしながら、バレー部の監督(顧問)を務めていると言われています。

お兄さんの今を、ざっくり整理するとこんな感じです。

項目 伝えられている内容
仕事 中学校の教師
バレーとの関わり バレー部の指導(監督・顧問)
弟との交流 帰省した弟が生徒たちを激励
目標 指導者として未来の五輪選手を育てる

ただ、これは2021年の報道の時点の話で、その後も同じ学校で指導を続けているかどうかまでは、はっきりしていません。お兄さんは一般の方なので、当サイトでは勤務先の学校名には触れないでおきますね。

いつかお兄さんの教え子の中から、日本代表の選手が出てくる日が来るかもしれません。そうなったら、山本家にとってこれ以上ないくらいうれしい出来事ですよね。

兄弟仲がわかるエピソード

山本智大さんとお兄さんの仲の良さは、スポーツ報知の記事からたっぷり伝わってきます。

日本代表でクールにボールを拾い続ける山本智大さんですが、子どもの頃はどんな弟だったのか。ここ、ちょっと知りたくなりますよね。

お兄さんの貴大さんは、弟の小学生時代をこう振り返っています。

「弟は小学3年ぐらいまでは、上級生からサーブで狙われ、よく泣いていた」

なんと、今の守備の名手からは想像できない泣き虫エピソード!上級生にサーブで狙われて泣いていた小さな弟を、お兄さんはすぐ近くで見ていたんですね。

そのうえでお兄さんは「今、守護神として仲間に声掛けする姿を見て、本当に成長したなぁと思う」とも話しています。泣いていた弟が、今では仲間を鼓舞する側に立っている。一番近くで成長を見てきたお兄さんだからこその、実感のこもった言葉ですよね。

小学生のときには、兄弟で一緒に全国小学生大会に出場したそうです。泣き虫だった弟が、その頃から才能の一端をのぞかせていたことも伝えられています。兄弟で同じコートに立って全国の舞台を経験したなんて、一生ものの思い出ですよね。

大人になった今も、兄弟の絆は続いています。弟は帰省すると兄が指導する中学校を訪れて生徒たちを激励し、ネット上では、地元に帰ったときに兄の教え子たちと一緒に練習をしているとも言われています。

兄弟の関係の移り変わりを、まとめてみました。

時期 兄弟のエピソード
小学1年 兄の後を付いて江別中央ガッツの練習へ
小学3年ごろまで 上級生にサーブで狙われ、よく泣いていた(兄の回想)
小学生時代 兄弟で全国小学生大会に出場
2021年 東京五輪を前に、兄が取材で弟への思いを語る
帰省時 弟が兄の指導する中学校で生徒たちを激励

あなたにも兄弟がいるなら、子どもの頃に泣かされたり助けられたりした記憶があるのではないでしょうか。そんな普通の兄弟の延長線上に、日本代表の物語があると思うと、ぐっと身近に感じられますよね〜〜!

父親はバレーの指導者?

結論から言うと、父親の忠文さんは、中学校のバレー部を率いてきた名指導者です。

スポーツ報知は、父・忠文さんを、中学校のバレー部を2001年に全国中学制覇に導いた監督として紹介しています。全国の頂点に立ったチームの監督がお父さんだなんて、バレー一家の大黒柱にふさわしい経歴ですよね。

そしてこのお父さんこそが、山本智大さんのバレー人生を大きく変えた人でもあります。ここからの話、ぜひ読んでほしいポイントなんです。

山本智大さんは中学時代、転校先の中学校で父・忠文監督の指導を受け、アタッカーとして活躍していました。ところが身長171センチと小柄だったため、アタッカーとして上を目指すには壁があったんですね。

転機は中学3年のとき。北海道の中学選抜に選ばれると、その選抜チームの監督を務めていたのがお父さんでした。そこで父から、こんな助言を受けたそうです。

「さらに上を目指すにはレシーブ力を生かし、守りのスペシャリストに挑戦してみては」

この一言が、日本代表の守護神の誕生につながります。山本智大さん本人も「僕の身長から将来を考え助言してくれた。そのおかげで今がある」と語っているんです。

指導者として冷静に息子の将来を見つめつつ、父親として一番いい道を示してあげる。なかなかできることではないですよね。

ちなみに、大阪ブルテオンの公式プロフィールで尊敬する人の欄を見ると、書かれているのは「父」の一文字。この答えに、親子の関係がぎゅっと詰まっている気がします。

お父さんは息子の五輪出場について「リベロは五輪代表枠が1だけに、余計うれしい」とも話しています。たった1つの枠を勝ち取った息子の努力を、誰よりもわかっているからこその喜びですよね。

お父さんとバレーの関わりを整理すると、こうなります。

項目 内容
名前 忠文さん
仕事 中学校の教師としてバレーの監督を長く続けてきたと言われている
実績 2001年に中学校のバレー部を全国制覇に導く
息子への助言 中学3年の選抜で、守りのスペシャリストへの挑戦をすすめる

なお、お父さんは一般の方なので、当サイトでは勤務先の学校名には触れないでおきますね。お兄さんも中学校の指導者になったことを考えると、親子2代でバレーの指導者というのも素敵な話です。

母はどんな人?

お母さんの伸子さんも、バレーを続けてきた人です。

父と兄のことがわかってくると、お母さんはどうなのか気になりますよね。

スポーツ報知は、プロフィールの中でお母さんの伸子さんをママさんバレー選手と紹介しています。ネット上でも、お母さんは地元のママさんバレーチームに所属していると言われています。

家事や子育てをしながら、自分もコートに立ち続けていたお母さん。息子たちにとっては、バレーを楽しむ姿を一番身近で見せてくれた存在だったのかもしれませんね。

お母さんの職業については、公表されていません。

それにしても、父は中学バレーの指導者、母はママさんバレーの選手、兄は元セッターで今は中学の指導者。家族全員がバレーでつながっているなんて、家の中の会話もきっとバレーの話でいっぱいだったのではないでしょうか。

そんなあたたかい家庭で育ったからこそ、山本智大さんのボールを最後まであきらめない粘り強さが育ったのかもしれませんね。

兄弟は何人?家族構成

山本智大さんの兄弟は、お兄さんの貴大さん1人です。

ここまで家族の話が続いたので、全体像をまとめて知りたいという人も多いですよね。

スポーツ報知のプロフィールでは、家族は「両親と兄」と紹介されています。つまり、父・忠文さん、母・伸子さん、兄・貴大さん、そして山本智大さんの4人家族です。

続柄 名前 バレーとの関わり
父 忠文さん 中学バレーの指導者(2001年に全国制覇)
母 伸子さん ママさんバレーの選手
兄 貴大さん 元セッター・中学校でバレーを指導
本人 智大さん 日本代表のリベロ

ネット上のブログも、多くが同じく4人家族と紹介しています。中には「両親と兄の5人家族」と書くブログもありますが、挙げられている家族は両親と兄だけ。ほかに兄弟姉妹がいるという話は出てきていないので、4人家族と考えてよさそうです。

こうして並べてみると、本当に家族全員がバレーでつながっていますよね。家族みんなが同じスポーツを愛し、支え合ってきたからこそ、世界と戦うリベロが生まれたのだと思うと、胸が熱くなります!

山本智大の兄とあわせて知りたい|小川智大との関係・学歴・所属チーム・結婚

  • 小川智大と兄弟?2人の関係
  • どちらの中学出身?
  • 高校はどこ?
  • 所属チームは?
  • ファンクラブはある?
  • 彼女は?結婚している?
  • 山本智大の兄についてわかっていることのまとめ

小川智大と兄弟?2人の関係

結論から言うと、小川智大さんと山本智大さんは兄弟ではありません。

名前が同じ智大で、しかも同じリベロ。兄弟なのでは?と思ってしまうのも無理はないですよね。

山本智大さんのお兄さんは、ここまで見てきたとおり貴大さんです。小川智大さんは、同じ日本代表でリベロを務めるチームメイトなんです。

バレーボールキングは、2人を「日本代表の守備を支える2人のリベロ」と紹介しています。「世界最強のリベロが日本に2人いる」と評されるほど、どちらも世界トップクラスの技術を持つ選手だと伝えているんですよ。

とはいえ、2人のタイプは少し違います。同じ記事によると、山本智大さんは強打を拾って攻撃につなげるディグ力が武器で、小川智大さんはサーブレシーブに強みがあるとされています。

項目 山本智大さん 小川智大さん
ポジション リベロ リベロ
強み 強打を拾って攻撃につなげるディグ力 サーブレシーブ
関係 日本代表のチームメイト(兄弟ではない)

名前が同じで、同じポジションで日本代表に選ばれていることから、ネット上では2人がW智大と呼ばれる二枚看板だと言われています。まさに日本の守備を支える名コンビですね。

ただし、2人が親戚など血のつながりがあるという話は出てきていません。W智大はあくまで、名前とポジションが重なったことから生まれた愛称と考えてよさそうです。

2人のリベロが切磋琢磨しているからこそ、日本代表の守備は世界でも通用しているのかもしれませんね。

どちらの中学出身?

山本智大さんは、中学の途中で転校しています。

出身中学を調べると2つの学校の話が出てくるので、どっちなの?と迷ってしまいますよね。

ネット上の情報によると、山本智大さんは最初、地元・江別市の中学校に入学しました。その後、父親の転勤の関係で恵庭市立恵庭中学校に転校したと言われています。スポーツ報知も、中学時代は恵庭中で父・忠文監督の指導を受けたと伝えています。

つまり、どちらの中学出身かと聞かれたら、卒業したのは恵庭中ということになりそうです。最初に入学した江別市の中学校の名前は、はっきりしていません。

そしてこの中学時代こそ、山本智大さんがアタッカーからリベロに転向した大切な時期です。本人もNumber Webのインタビューで、当時の決断を振り返っています。当時の身長は165cmだったそうです。

「自分の身長(当時165cm)や、上でやっていくために何が必要かを考えたら、リベロしかないなと思いました」

中学生にして、自分の体と将来を冷静に見つめてポジションを決めたんですね。お父さんの助言を受け止め、自分の頭でも考えて決断したことがよくわかります。

時期 中学時代の出来事
入学 地元・江別市の中学校へ
転校 父の転勤の関係で恵庭中へ(ブログの紹介)
在学中 父・忠文監督の指導を受けアタッカーとして活躍
3年 北海道の中学選抜に入り、リベロへの挑戦を決める

あなたも中学生の頃、自分の進む道をここまで真剣に考えていたでしょうか。この早い決断が、のちの日本代表への道を開いたと思うと、すごいですよね。

高校はどこ?

山本智大さんの出身高校は、酪農学園大学附属とわの森三愛高等学校です。大阪ブルテオンの公式プロフィールにも載っています。

中学でリベロに転向した山本智大さんが、高校でどんな時間を過ごしたのか気になりますよね。

スポーツ報知によると、とわの森三愛高では1年と3年で春高バレーに出場しています。春高バレーといえば、高校バレーの選手なら誰もが憧れる大舞台。そこに2度も立っているのは立派な実績です。

ただ、本人の当時の目標は、意外なほど等身大でした。Number Webでは、当時考えていた「上」は高校や大学のことだったとして、こう振り返っています。

「北海道で1位になれればいいかなぐらいで、日本代表とか、そんな大きな夢はなかったんです」

今や世界屈指のリベロとなった山本智大さんが、高校時代は日本代表を夢見ていなかったなんて、ちょっと驚きですよね。目の前の目標を一つずつクリアしていった結果が、今の姿につながっているのかもしれません。

高校卒業後は、東京の日本体育大学に進学しています。

項目 内容
高校 酪農学園大学附属とわの森三愛高等学校
主な実績 1年と3年で春高バレーに出場
当時の目標 北海道で1位になること
進学先 日本体育大学

所属チームは?

山本智大さんの現在の所属チームは、大阪ブルテオンです。チームの公式サイトにも選手プロフィールが載っています。

とはいえ、ここに至るまでの道のりは決して順調ではありませんでした。ここ、意外と知られていない話なんですよ。

Number Webによると、山本智大さんは日本体育大学を卒業してFC東京に入り、その後堺ブレイザーズに移籍しています。

FC東京で過ごした1年について、本人は挫折の経験として挙げ、「結構つらかったので」と振り返っています。それでも「腐らず、毎日コツコツ練習したことはよかった」とも話しているんです。

つらい時期にも投げ出さずに練習を積み重ねたことが、次のチャンスをつかむ力になったんですね。この姿勢、見習いたくなりますよね。

移籍した堺ではレギュラーの座をつかみ、2019年には日本代表に初選出されました。ネット上の情報によると、その後パナソニックパンサーズに入団し、チーム名が大阪ブルテオンに変わったと言われています。

時期 所属・出来事
大学卒業後 FC東京に入団(挫折を味わった1年)
移籍後 堺ブレイザーズでレギュラーに
2019年 日本代表に初選出
その後 パナソニックパンサーズに入団(ブログの紹介)
現在 大阪ブルテオン(チーム名の変更)

泣き虫だった少年が、挫折を乗り越えて日本代表の守護神へ。まるでドラマのような歩みに、あなたも応援したくなったのではないでしょうか。

ファンクラブはある?

山本智大さん個人の公式ファンクラブは、今のところ見当たりません。

応援したい気持ちが高まってくると、ファンクラブに入りたくなりますよね。

そんなあなたにチェックしてほしいのが、バレーボール日本代表のオフィシャルファンクラブ「バレとも」です。選手一覧には山本智大さんの名前も載っていて、2026年度の新規入会の受付も案内されています。

日本代表として戦う山本智大さんを応援したいなら、まずはこちらが入口になりそうですね。

所属チームの大阪ブルテオンでの活躍を追いかけたい場合は、チームの公式サイトで最新情報を確かめるのが確実ですよ。

彼女は?結婚している?

山本智大さんが結婚したという公式な発表はありません。

家族の話をここまで読んでくると、山本智大さん自身の家庭はどうなのか、気になってきますよね。

ネット上のブログでも「公式には結婚を発表されていません」「ご結婚はされていないようです」といった書き方が多く、結婚していると伝える記事は出てきていません。彼女についても、情報はないとするブログがあります。

ただし、発表がないからといって、結婚していないとは言い切れません。本人や所属チームが、結婚や交際について話したことは今のところ伝えられていないんです。プライベートを大切にしているタイプなのかもしれませんね。

もう一つ注意したいのが、同じリベロの小川智大さんとの混同です。小川智大さんについては交際の報道があるので、別の選手の話と取り違えないようにしたいところです。

いつかうれしい報告が届いたら、ファンとしては全力でお祝いしたいですよね!

山本智大の兄についてわかっていることのまとめ

ここまで、山本智大さんのお兄さんと家族について見てきました。ポイントを振り返っておきますね。

  • 兄は2歳上の貴大さん。2021年7月のスポーツ報知で、弟の子ども時代を語っている
  • 小学1年のとき、兄の後を付いてチームの練習に行ったのがバレーを始めたきっかけ
  • 兄はセッターとして高校・大学・社会人でプレーしたと言われている
  • 兄は中学校でバレーを指導し、弟は帰省すると兄の指導する中学校で生徒を激励している
  • 父・忠文さんは中学バレーの全国制覇監督で、リベロへの挑戦を助言した
  • 母・伸子さんもママさんバレーの選手で、家族は両親と兄の4人
  • 小川智大さんとは兄弟ではなく、同じ日本代表のリベロ
  • 結婚の公式な発表はない

泣き虫だった弟の後ろには、いつも同じコートでボールを追いかけるお兄さんがいました。そのお兄さんが今は指導者として、弟の背中を子どもたちに見せている。兄弟の物語、本当に素敵ですよね。これからも山本智大さんと、お兄さんの教え子たちの活躍を一緒に応援していきましょう!

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