※本記事の扱い:内容はインターネット上の報道・番組・SNS等の公開情報の要約・整理です。個人への中傷や断定的な評価を目的としません。正確な事実関係は各公式発表や一次情報でご確認ください。
※出典・参考にした情報の種類:テレビ番組の発言要約、SNS投稿の引用、ウェブ上の二次報道などです。リンクや画像は当該サービス・媒体のものであり、本サイトが一次情報の正確性を保証するものではありません。
※本サイトのコンテンツには、商品プロモーションが含まれています。
『バス通り裏』でデビューし、映画やドラマ、舞台で長く活躍してきた十朱幸代さんが、今どうしているのか気になっている方も多いですよね。関連する検索語には、年齢、車椅子、両足切断、夫、西城秀樹さんとの結婚といった言葉が並んでいます。
ここでは、新聞やテレビ局のサイトが報じた内容と、本人がインタビューや自著で語った言葉をひとつずつ確かめながら、十朱幸代さんの近況、足首の手術、結婚歴、恋愛について、確認できる範囲を整理していきます。
ネットで見かける両足切断や死亡説の話がどこまで本当なのかも、出どころごとに分けて見ていきますよ。
【記事のポイント】
- 2025年6月に『徹子の部屋』へ8年ぶりに出演し、ジムでの水中ウォーキングやガーデニングを楽しむ暮らしを語っている
- 2025年7〜8月の朗読劇『燃えよ剣』で約4年ぶりに舞台に立つと毎日新聞が報じ、公演サイトには公演がすべて終了したと掲載されている
- 足首の手術と半年間の車いす生活は本人が語った事実で、腰の骨を足首に接ぐ手術だった。検索結果17件の中に、両足を切断したと書いた記事は0件
- 本人は自著で「とうとう一度も結婚というものをしませんでした」と振り返っており、小坂一也さんとは入籍しない関係だった
- 婚約会見の寸前で別れた相手について、本人は名前を出していない。その相手を西城秀樹さんとみる報道がある
| 氏名 | 十朱幸代(とあけ ゆきよ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1942年11月23日 |
| 出身地 | 東京都(東京・日本橋生まれ) |
| 身長 | 163.0cm(公式プロフィールの記載) |
| 職業 | 女優 |
| デビュー | NHKドラマ『バス通り裏』(1958年4月〜) |
| 父 | 俳優・十朱久雄 |
十朱幸代の現在は?何歳で最近はどう過ごしているのか
- 十朱幸代の現在|最近の活動と暮らしで確認できること
- 現在何歳?年齢と昭和何年生まれか
- 生きてる?死亡説について本人が語ったこと
- 車椅子生活だった?足首の手術と病気について
- 両足切断は本当?確認できる記述を確かめる
- 身長は?プロフィールで公表されていること
十朱幸代の現在|最近の活動と暮らしで確認できること
結論から言うと、十朱幸代さんの最近の姿として報じられているのは、2025年6月16日放送の『徹子の部屋』出演と、同じ年の夏の朗読劇です。ここ、いちばん気になるところですよね。
テレ朝POSTの番組紹介によると、出演は8年ぶり。82歳になった今も風邪をひかない健康体で、日課はジムでの水中ウォーキングだと紹介されています。愛犬との暮らしが楽しく、今はガーデニングに夢中だそうです。
番組の中で十朱さんは、黒柳徹子さんに久しぶりの出演について聞かれ、「こちらに呼んでいただいたのは8年ぶり。コロナとかありまして」と答えています(スポーツ報知)。
毎日キレイの番組後の記事では、ジム通いについて本人が「時間がある時は毎日です。30分くらい」と話しています。ジムには年配の仲間が多く、90歳の友人の「振り返ると80代は最高だったわ」という言葉に感動したそうです。
食生活は野菜中心の1日2食で、毎日キレイは2食の生活は十年以上続けていると伝えています。スポニチによると、髪は自分で切っているそうで、「髪の毛は自分で切るんです。ですからよく見るとおかしい」と話していました。
ここで、2025年に報じられた近況を整理します。
| 時期 | 近況 | 出どころ |
|---|---|---|
| 2025年6月16日 | 『徹子の部屋』に8年ぶりに出演 | テレ朝POST/スポーツ報知/スポニチ/毎日キレイ |
| 2025年6月時点 | ジムでの水中ウォーキング(時間がある時は毎日30分くらい) | 毎日キレイ(本人の発言) |
| 2025年6月時点 | 愛犬との暮らし、ガーデニング | テレ朝POST |
| 2025年6月時点 | 野菜中心の1日2食を十年以上 | 毎日キレイ |
| 2025年7〜8月 | 朗読劇『燃えよ剣~土方歳三に愛された女、お雪~』に出演(公演サイトに「公演は全て終了しました」と掲載) | 毎日新聞(公演前の報道)/公演サイト |
朗読劇について、毎日新聞(2025年6月1日)は、十朱さんが約4年ぶりに舞台に立つと報じました。コロナ禍で仕事が途絶え、「このまま(表舞台から)消えてもいいかな」とも考えたものの、作品と役の魅力に呼ばれるようにして復帰を決めたと伝えています。
同じ記事で十朱さんは、「女優は引退宣言をしない方がいいと思っているんです。注文が来なくなれば、そのまま自然に消えていけばいい。やりたくなったら、どんどんしゃしゃり出てやればいい」と、2025年時点の仕事との向き合い方を語っています。
公演サイトの冒頭には「公演は全て終了しました」と掲載されています。同じページには、演出の笹部博司さんのコメントとして、十朱さんの「このお雪はいくらでもやっていたい気がします」という言葉が紹介されています。笹部さんは、十朱さんがこの作品を女優人生の終活としたいと話したとも書いています。
ただし、ここまでの話はいずれも2025年の報道です。確認した範囲では、2026年に入ってからの新しい出演予定を伝える記事は見当たりませんでした。あなたが2026年の様子を知りたくなったら、所属先の公式ページの告知を見るのが確実ですよ。
現在何歳?年齢と昭和何年生まれか
結論から言うと、十朱幸代さんは1942年11月23日生まれで、生年月日から数えると2026年9月時点では83歳です。11月23日の誕生日を迎えると84歳になります。
生年月日は公式プロフィールに記載があり、読売新聞(ヨミドクター)やAERA DIGITALのプロフィール欄も1942年生まれで一致しています。1942年は昭和17年にあたります。
2025年6月の『徹子の部屋』出演を伝えた各紙は、そろって「82歳」と書いていました。生年月日から数えると、2025年6月は82歳、2026年9月は83歳なので、報道の年齢と矛盾はありません。
ここで、年齢の数え方を整理します。
| 時点 | 年齢 | 根拠 |
|---|---|---|
| 2025年6月(『徹子の部屋』出演時) | 82歳 | テレ朝POST・スポーツ報知・スポニチ・毎日キレイの表記 |
| 2026年9月 | 83歳 | 生年月日1942年11月23日から計算 |
| 2026年11月23日以降 | 84歳 | 同上 |
もうそんな年齢なのかと驚く方も多いかもしれませんね。黒柳徹子さんも番組で「現在、82歳におなりですってね、びっくりしましたね」と話していました(スポーツ報知)。
生きてる?死亡説について本人が語ったこと
結論から言うと、十朱幸代さんは2025年に舞台に立ち、テレビにも出演しています。生きているのかと検索される背景には、ネット上で死亡説が流れたことがあります。
毎日新聞(2025年6月1日)は、SNS上で死亡説が流れていたと報じています。十朱さんは、友人からそんな話を聞いたと、冗談めかして明かしたそうです。
死亡説がいつ、誰から広まったのかは、確認した範囲の記事には書かれていませんでした。
ここで、死亡説と実際の動きを並べて整理します。
| 項目 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 死亡説 | SNS上で流れていた。本人は友人から聞いたと明かした | 毎日新聞(2025年6月1日) |
| その後の舞台 | 2025年7〜8月の朗読劇に出演(公演サイトに公演終了の掲載あり) | 毎日新聞(公演前の報道)/公演サイト |
| その後のテレビ | 2025年6月16日『徹子の部屋』に出演 | テレ朝POSTほか |
あなたも気になったときは、まず最新の出演記録を確かめてみるのがおすすめですよ。
車椅子生活だった?足首の手術と病気について
結論から言うと、十朱幸代さんは両足首の手術のあと、半年間の車いす生活を送ったと、本人が読売新聞の取材で語っています。ここ、心配になりますよね。
2015年10月27日の読売新聞夕刊(ヨミドクター)で、十朱さんは若い頃から舞台で捻挫を繰り返し、長年の蓄積で両足のくるぶしが変形したと振り返っています。寝ていても痛むようになり、「手術に踏み切りました。5年前のことです」と語っています。
手術について本人は「腰の骨を取って足首に接ぐ11時間の大手術でした」と説明しています。1か月空けて、もう片方の足も同じように手術したそうです。
その後の経過は、「半年間の車いす生活で下半身の筋力はすっかり落ちてしまいました」という言葉のとおり、厳しいものでした。「仕事に戻れるのかな」と不安になりながら、さらに1年休養してリハビリに励んだと語っています。
朝日新聞の連載「語る 人生の贈りもの」(2025年5月)でも、本人が手術を振り返っています。「その辺の骨をとって足に接ぐ。特殊な手術で、片足だけで11時間かかったんです」「それだとハイヒールが履けないから、選んだのがその手術」という言葉が載っています。
ここで、手術と療養の流れを整理します。
| 段階 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 原因 | 舞台での捻挫の繰り返しで両足のくるぶしが変形 | ヨミドクター(本人の話) |
| 手術 | 腰の骨を取って足首に接ぐ手術。片足11時間、1か月空けてもう片方も | ヨミドクター/朝日新聞(本人の話) |
| 車いす | 半年間 | ヨミドクター(本人の話) |
| 休養 | さらに1年休養してリハビリ | ヨミドクター(本人の話) |
| 2025年6月時点のケア | 足首をほぐすためプールで歩いている | 毎日キレイ(2025年6月) |
手術の年は、2015年の記事で「5年前」と語っているため、2010年ごろと読み取れます。まとめ系のサイトには2011年と書いたものもあり、年は記事によって少しずれています。
2025年の『徹子の部屋』出演を伝えた毎日キレイの記事では、「足首を昔、手術していて、ちょっと硬くなるので、ほぐすためにプールで歩いています」と話しています。2025年6月の時点でも、足首をいたわりながら体を動かしていたんですね。
両足切断は本当?確認できる記述を確かめる
結論から言うと、十朱幸代さんが両足を切断したという記述は、確認した記事の中に1件もありません。実際に受けたのは、腰の骨を足首に接ぐ手術です。
両足切断という言葉は、検索エンジンの関連検索に表示される語として出てきます。ただ、確認した記事の中に、その語が指す出来事を報じたものは見つかりませんでした。
メインキーワードの検索結果17件(同じページの重複を除くと16件)を1件ずつ見ると、手術や車いすに触れている記事は3件で、3件とも新聞や大手媒体、本人の発言に基づくものでした。この17件の中で、両足を切断したと書いている記事は0件です。
ここで、検索結果の中身を整理します。
| 数え方 | 件数 |
|---|---|
| 検索結果の総数 | 17件(重複を除くと16件) |
| 足首の手術・車いすに触れている記事 | 3件(読売新聞ヨミドクター・朝日新聞・mi-mollet) |
| そのうち新聞・大手媒体の記事 | 3件 |
| 17件のうち、両足を切断したと書いている記事 | 0件 |
では、なぜ切断という言葉が結びついたのでしょうか。確認した記事の中に、その理由を書いたものはありませんでした。ここは推測で埋めず、本人が語った手術の中身を押さえておくのが確実です。
本人は2025年に舞台に立ち、ジムのプールで毎日のように歩いていると話しています。噂の言葉だけで判断せず、本人の言葉を確かめるのが大事ですよね。
身長は?プロフィールで公表されていること
十朱幸代さんの公式プロフィールには、身長163.0cmと記載されています。タレント情報サイトにも163cmとあります。
ただ、2025年6月の『徹子の部屋』で、本人が身長が縮んだことを明かして話題になりました。
「この間、ジムでちょっと測ったら9センチ。9センチですよ!」と話し、黒柳徹子さんを驚かせています(スポーツ報知)。
周りからは「あなたって、そんなに小さかった?」と言われるそうで、「まだ、縮むかもしれませんもの~」と続けていました(スポーツ報知)。
| 項目 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| プロフィールの身長 | 163.0cm | 公式プロフィール |
| 本人の話 | ジムで測ったら9センチ縮んでいた | スポーツ報知・スポニチ(2025年6月) |
なお、今の身長が何センチなのかという数字は、確認した記事には書かれていませんでした。163cmから9センチを引いた数字が今の身長だと言い切ることはできないので、ここは縮んだと本人が話している、という受け止め方が正確です。
十朱幸代の現在に至るまで|夫・西城秀樹との結婚報道と恋愛遍歴
- 夫は誰?結婚歴について本人が語ったこと
- 小坂一也との関係
- 西城秀樹との結婚は?婚約寸前と報じられた経緯
- 西城秀樹との出会い
- 西城秀樹との秘密として書かれていること
- 十朱幸代の恋愛遍歴
- 息子は誰?子供について
- 女優・十朱幸代の父親は誰?
- 十朱幸代の現在についてわかっていることのまとめ
夫は誰?結婚歴について本人が語ったこと
結論から言うと、本人の自著『愛し続ける私』(集英社)の記述では、十朱幸代さんに法律上の夫はいません。
著書の中で十朱さんは、「二者択一を迫られるといつも仕事を選んできた私は、とうとう一度も結婚というものをしませんでした」と振り返っています。この一文が、結婚歴についてのいちばん確かな答えです。
一方で、夫について調べると、歌手・俳優の小坂一也さんとの長い関係を、結婚生活や事実婚と書いた記事が出てきます。
ここで、夫にまつわる言葉を、誰がどう書いているかで整理します。
| 書かれ方 | 誰の言葉か |
|---|---|
| 一度も結婚というものをしなかった | 本人(自著) |
| 事実婚だった小坂一也さん | AERA DIGITALの対談での林真理子さんの言葉 |
| 入籍こそしなかったが、17年にも及ぶ結婚生活 | ライブドアニュースに掲載された番組紹介 |
つまり、夫と呼ばれることがあるのは小坂一也さんですが、ライブドアニュースに載った番組紹介にも入籍こそしなかったとあり、籍は入れていません。事実婚と法律上の結婚は別のものなので、ここは分けて受け止めるのが正確ですよ。
小坂一也との関係
十朱幸代さんと歌手・俳優の小坂一也さんは、映画デビュー作『惜春鳥』での共演をきっかけに交際を始めました。朝日新聞は、17歳から交際したと伝えています。
AERA DIGITALの林真理子さんとの対談で、十朱さんは「彼とは家族も公認のおつき合いでした」と話しています。当時のスターは交際を隠すのが普通でしたが、「私たちは隠さなかった」とも振り返っています。
結婚しなかった理由について、十朱さんは「あの時代は結婚って束縛されたでしょ」と語っています。17歳になったばかりで、これから女優になるんだと意気込んでいた時期だったそうです。
交際の長さは、記事によって書き方が違います。ここで整理します。
| 交際期間の書き方 | 出どころ |
|---|---|
| 17歳から、恋愛が終わったのは32、33歳ごろ(本人の話) | AERA DIGITAL |
| 17歳から15年間 | イザ! |
| 17年にも及ぶ結婚生活 | ライブドアニュース(番組紹介) |
| 14年にわたり交際 | まとめ系サイト |
本人は「彼との恋愛が終わったのが32、33歳だと思うんですけど」「17歳からそれまで、彼一筋でしたから」と話しています。本人の言葉から数えると、15年ほどになりますね。
まとめ系のサイトには、入籍しないまま結婚式を挙げたという記述もあります。ただ、確認した範囲では新聞や大手媒体の記事でそれを伝えたものは見当たらず、ここはまとめ系サイトの記述として受け止めておくのがよさそうです。
西城秀樹との結婚は?婚約寸前と報じられた経緯
結論から言うと、本人が自著で一度も結婚しなかったと書いているとおり、西城秀樹さんと結婚した事実はありません。婚約会見の寸前で別れた相手がいたことは本人が明かしていますが、その相手の名前は、本人は出していません。
ORICON NEWSによると、十朱さんは75歳のとき、自著『愛し続ける私』の出版記念トーク会で、婚約会見を開く寸前の所で別れてしまったという過去の大恋愛を明かしました。
別れた理由について本人は、「こちらも、あちらの両親も周りはみんな反対でした。年齢差なんですよね」と説明しています。当時は50歳手前で、相手が子どもを持ちたいだろうことや、仕事との両立も考え、周りの大きな反対を押し切ってまでの自信がなかったと語っています。
このトーク会では、報道陣が相手を西城秀樹さんとみて質問しました。これに対して十朱さんは、心の中で『さよなら』って言ったくらいだと話したうえで、「私は個人名は出したくない」と答えています。
ここで、本人が語ったことと、報道が書いたことを分けて整理します。
| 内容 | 本人が語ったか | 出どころ |
|---|---|---|
| 婚約会見の寸前で別れた相手がいた | 本人が語った | ORICON NEWS |
| 破局の理由は周りの反対と年齢差 | 本人が語った | ORICON NEWS |
| その相手は西城秀樹さん | 本人は名前を出していない | ORICON NEWS(報道陣の質問)/デイリー新潮 |
デイリー新潮は、2人を「婚約発表寸前」だったと見出しに書いています。ただ、本人は名前を伏せた理由について、相手に家族があり、ファンが嫌な思いをしないようにしたと話しています。ここは、本人の気持ちも大切にしたいところですね。
西城秀樹との出会い
十朱幸代さん自身は、婚約寸前まで進んだ相手との出会いについて、AERA DIGITALの対談で「テレビドラマの共演がきっかけで、なんか妙に気が合ったんですね」と話しています。
ただし、この対談でも十朱さんは相手の名前を出していません。対談相手の林真理子さんが、亡くなった歌手の方との恋として話を向け、それに十朱さんが答えるという形でした。
まとめ系のサイトには、2人がNHKのドラマで初共演したとして、作品名や時期を書いたものがあります。ただ、確認した範囲では新聞や大手媒体、本人の言葉で作品名を確かめられる記事は見当たりませんでした。
| 内容 | 出どころ |
|---|---|
| テレビドラマの共演がきっかけで気が合った | 本人(AERA DIGITAL) |
| 共演したドラマの作品名・時期 | まとめ系サイトの記述のみ |
本人がはっきり語っているのは「ドラマの共演がきっかけ」という点までです。作品名まで知りたい方もいると思いますが、ここは本人の言葉の範囲にとどめておきますね。
西城秀樹との秘密として書かれていること
西城秀樹さんとの秘密という言葉は、関連検索に出てくる語です。ただ、確認した記事の中に、2人の間の具体的な「秘密」を書いたものは見当たりませんでした。
本人は自著で、「人に恋愛のことを話したこと、ほとんどないんです」と書いています。婚約寸前の恋についても、相手の名前は明かしていません。
本人が語らないことを、秘密として推測で埋めるのは避けたいところです。確認した記事の範囲で本人が話しているのは、ひとつ前の見出しで整理した内容までですよ。
十朱幸代の恋愛遍歴
十朱幸代さんは「恋多き女性」と呼ばれることがありますが、本人は自著で自分の恋を「短い恋も長いお付き合いも、いろいろな恋をしましたけれど」と振り返っています。
AERA DIGITALの対談では、小坂一也さんとの恋愛が終わったあと、「その後の男性とのおつき合いがちょっと楽しかったですね」と話しています。解放されて、また青春時代が来たような気持ちだったそうです。
同じ対談では「私がつき合った人は、みんな性格がいいんです」とも語っています。
ここで、本人が語った恋愛の流れを整理します。
| 時期 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 17歳〜32、33歳ごろ | 小坂一也さんと交際(入籍はしなかった) | 本人(AERA DIGITAL)/朝日新聞/入籍しなかった点はライブドアニュース |
| その後 | 男性とのお付き合いが楽しかったと本人が語る | 本人(AERA DIGITAL) |
| 50歳手前 | 婚約会見の寸前で別れた相手がいた(名前は伏せている) | 本人(ORICON NEWS) |
75歳のときのmi-mollet(ミモレ)のインタビューでは、しばらく恋はしていないとしたうえで、「毎日、楽しいわよ。1人も楽しいの」と話しています。「孤独と自由はワンセットです」とも語り、仕事は生きがいであると同時に自立のためでもあると話していました。
小坂一也さんと、報道が西城秀樹さんとみた人物以外の交際相手について、確認した記事の中で名前を確かめられるものはありませんでした。噂の段階の話は、ここでは取り上げないでおきますね。
息子は誰?子供について
結論から言うと、確認した記事の中に、十朱幸代さんに息子がいると書いたものはありません。本人は、子どもを持つことをあきらめたと話しています。
AERA DIGITALの対談で、籍を入れて子どもをつくっていたら、と聞かれた十朱さんは、「子どもがいたら子どもに夢中になっちゃいそうなのよね」と答え、「それはあきらめました」と話しています。
自著でも、結婚して家庭を持つことや、子どもを産み育てることをしてこなかったと振り返っています。
| 内容 | 出どころ |
|---|---|
| 子どもを持つことはあきらめた | 本人(AERA DIGITAL) |
| 子どもを産み育てることをしてこなかった | 本人(自著) |
息子は誰なのかという疑問への答えは、本人の言葉から見るかぎり、十朱さん自身に子どもがいたという話ではない、ということになりますね。
女優・十朱幸代の父親は誰?
十朱幸代さんの父親は、俳優の十朱久雄さんです。AERA DIGITALやスポニチなど、複数の媒体がそう紹介しています。
スポニチによると、十朱さんは15歳のとき、父・十朱久雄さんについて見学に訪れたNHKでスカウトされ、連続ドラマ『バス通り裏』(1958年4月〜1963年3月)でデビューしました。
本人も対談で「私の父は俳優だったけど、ほんとにふつうの家庭で、みんな仲が良かった」と話しています。自著には、母に連れられて父の出る映画や舞台をよく見に行ったという思い出も書かれています。
| 項目 | 内容 | 出どころ |
|---|---|---|
| 父 | 俳優・十朱久雄 | AERA DIGITAL/スポニチ |
| デビューのきっかけ | 父について見学に行ったNHKでスカウト | スポニチ/本人の自著 |
| デビュー作 | 『バス通り裏』(1958年4月〜1963年3月) | スポニチ |
小さい頃から芝居に親しみ、「大きくなったら絶対に女優になる!」と言っていたそうです。
十朱幸代の現在についてわかっていることのまとめ
- 十朱幸代は1942年11月23日生まれで、生年月日から数えると2026年9月時点で83歳である
- 2025年6月16日放送の『徹子の部屋』に8年ぶりに出演している
- 日課はジムでの水中ウォーキングで、愛犬との暮らしとガーデニングを楽しんでいると紹介された
- 2025年7〜8月の朗読劇『燃えよ剣』は約4年ぶりの舞台だと毎日新聞が公演前に報じ、公演サイトには公演がすべて終了したと掲載されている
- 2026年に入ってからの新しい出演予定は、確認した範囲の記事には書かれていない
- SNS上で死亡説が流れたことがあり、本人は友人から聞いたと明かしている
- 足首の手術は腰の骨を足首に接ぐもので、手術後に半年間の車いす生活を送ったと本人が語っている
- 検索結果17件の中に、両足を切断したと書いた記事は0件である
- 公式プロフィールの身長は163.0cmで、本人は9センチ縮んだと話している
- 本人は自著で一度も結婚しなかったと振り返っており、法律上の夫はいない
- 小坂一也とは17歳から交際し、家族公認の関係だったが入籍はしなかった
- 婚約会見の寸前で別れた相手について、本人は個人名を出していない
- その相手を西城秀樹とみる報道があるが、本人の言葉で確かめられるのは名前を伏せたところまでである
- 本人は子どもを持つことをあきらめたと話している
- 父は俳優の十朱久雄で、父について訪れたNHKでスカウトされてデビューした
