高市早苗さんの旦那である山本拓さんが、2025年2月に脳梗塞を発症して右半身不随になったというニュースは大きな衝撃でしたよね。
その後、高市さんは2025年10月に日本初の女性首相に就任し、山本さんは「ファースト・ジェントルマン」として注目を集めています。
首相としての激務と夫の介護を両立する日々は、想像を超える大変さでしょう。山本さんの後遺症の程度や現在の生活ぶり、そして夫婦の歩みが気になるところです。
山本拓の脳梗塞の後遺症と現在の介護生活
まずは山本拓さんの脳梗塞の経緯と、妻・高市早苗さんによる介護の実情から見ていきましょう。
- 山本拓さんは2025年2月に脳梗塞を発症し、右半身不随の後遺症が残っている
- 妻の高市早苗首相が介護サービスを使わず一人で介護を担っている
- 2025年12月に首相公邸に引っ越し、バリアフリー環境で生活中
- 日本初の「ファースト・ジェントルマン」として公の場にも車椅子で出席
| 名前 | 山本拓(やまもと たく)※戸籍上は「高市拓」 |
|---|---|
| 生年月日 | 1952年7月7日 |
| 出身地 | 福井県鯖江市 |
| 学歴 | 福井県立武生高等学校 → 法政大学文学部卒業 |
| 職業 | 元衆議院議員(通算8期) |
| 主な役職 | 農林水産副大臣、北朝鮮拉致問題特別委員長 |
| 配偶者 | 高市早苗(第104代・第105代内閣総理大臣) |
脳梗塞の発症と右半身不随の後遺症
山本拓さんは2025年2月に脳梗塞を発症し、右半身が動かなくなる深刻な後遺症が残りました。
自民党関係者の話によると、治療のタイミングが遅れたことが後遺症の重さにつながったとされています。日常生活でも介助が欠かせない状態です。
さらに2025年10月末には転倒して尾てい骨を骨折するアクシデントにも見舞われました。
それでも2025年11月には皇居で行われた旭日大綬章の親授式に車椅子で出席し、その姿が報じられています。
山本さん自身は福井新聞の取材に対し、「体は回復しているし、不自由はない」と前向きなコメントを残しています。
高市早苗が一人で担う介護の実態
脳梗塞の後遺症で右半身が不自由になった山本さんの介護を、高市早苗さんが一手に引き受けています。
2025年5月の後援会で高市さんは「私1人で介護しています」と語り、食事の準備から入浴の介助まですべてを自分でこなしていることを明かしました。
入浴介助については「一番大変」と本人が語っており、身長差のある夫を支える負担の大きさがうかがえます。
帰宅すると食べこぼしが散らかっていることもあるようで、その苦労を率直に語る場面もありました。
山本さんは介護保険サービスの利用を望んでいないとされ、外部の支援はほとんど使っていないようです。
それでも高市さんは「最後まで自分の手で支えたい」という思いを持ち続けているといいます。政治家としての激務と家庭での介護の両立に、共感の声が多く寄せられています。
ファースト・ジェントルマンとしての現在
2025年10月、高市早苗さんが日本初の女性首相に就任したことで、山本拓さんも日本初の「ファースト・ジェントルマン」となりました。
山本さんは電話での記者取材に応じ、高市首相の誕生に「ほっとしている」とコメント。自身の役割については「目立たない”ステルス旦那”という形でしっかり支えたい」と語っています。
2025年12月29日には、首相官邸に隣接する公邸に夫婦で引っ越しました。
公邸はバリアフリー対応がなされており、山本さんは「不自由はない」と話しています。車椅子での生活にも環境が整ったことで、以前より負担が軽減された面もあるようです。
2026年2月には第2次高市内閣が発足し、高市さんは第105代首相として引き続き政権を運営しています。首相の夫として表舞台に立つことは避けつつ、裏側から妻を支える姿勢が印象的です。
山本拓の経歴や結婚歴と前妻の子供について
ここからは、山本拓さんの政治家としての歩みや結婚・離婚・再婚の経緯、そして前妻との子供や孫について触れていきますね。
プロフィールと政治家としての経歴
山本拓さんは1952年7月7日生まれ、福井県鯖江市出身の政治家です。
福井県立武生高校を卒業後、法政大学文学部に進学。大学卒業後は地元・鯖江で青年会議所の理事長などを務め、地域活動に力を注ぎました。
1983年に福井県議会議員に初当選し、2期を経て1990年に自民党公認で衆議院議員に初当選しています。
ここから国政の舞台へ進み、通算8期にわたって衆議院議員を務めました。
途中、自由党や新進党への参加、福井県知事選への出馬など曲折もありましたが、2000年に自民党へ復党。農林水産副大臣(第1次安倍内閣)や北朝鮮拉致問題特別委員長など重要ポストを歴任しました。
所属政党を変えながらも信念を貫いてきたベテラン政治家で、柔軟な立ち回りと芯の強さが同居する人物といえます。
高市早苗との結婚・離婚・再婚の経緯
高市早苗さんと山本拓さんの関係は、一度の離婚を経て再び結ばれるという珍しい軌跡をたどっています。
ふたりの出会いは、高市さんの弟が山本さんの事務所で働いていたことがきっかけだったそうです。
2004年に結婚し、政界でも注目される夫婦となりました。
しかし2017年7月18日に離婚を発表。理由は「政治的スタンスや活動の違い」と公式に説明されています。
それでも関係は完全には途切れませんでした。2021年の自民党総裁選で山本さんが高市さんを全面支援し、これを機に関係が修復。同年11月頃に再婚が報じられました。
再婚時の姓はじゃんけんで決め、負けた山本さんが「高市」姓に改姓したというユニークなエピソードも話題になりました。
親中派といわれる理由と離婚の背景
山本拓さんが「親中派」と呼ばれることがありますが、これは妻の高市早苗さんとの政治的スタンスの違いから生まれた見方です。
高市さんが保守派・対中強硬派として知られる一方、山本さんの外交姿勢はそれより穏健とされ、その対比から「親中派」という印象がついたようです。
ただし、公的な記録から山本さんに中国寄りの発言がどれほどあったかは明確ではありません。「親中派」という言葉が一人歩きしている面もあります。
2017年の離婚理由も「政治的スタンスの違い」とされていますが、政治家同士の夫婦ならではの複雑な事情が絡んでいたことがうかがえます。
結果的に2021年に再婚しており、政治的な立場の違いを超えた信頼関係があったということでしょう。
前妻との子供や孫と山本建の活動
山本拓さんには、高市早苗さんと結婚する前の家庭で1男2女の3人の子供と4人の孫がいます。
前妻については一般の方のため名前や写真は公表されていません。ネット上でも前妻の写真を探す検索が見られますが、プライバシーの観点から公開はされていない状況です。
長男の山本建さんは福井県議会議員として活動しており、2026年1月の第51回衆議院議員総選挙では福井2区からの出馬意向も報じられました。父と同じ政治の道を歩んでいます。
高市さんとの再婚後も、義理の子供や孫たちとは良好な関係を築いているようです。家族イベントなどへの参加を通じて自然な交流が続いていると報じられています。
高市さんが首相に就任した際には、山本建県議に「建もしっかりね」とエールを送る場面もあり、義母としての一面が垣間見えました。
高市早苗との間に子供がいない背景
高市早苗さんと山本拓さんの間には実子がいません。
2004年の結婚当時、高市さんは43歳、山本さんは50代で、年齢的な事情が一つの背景として挙げられます。
また、両者ともに政治家として多忙な日々を送っており、国政に全力を注いでいた時期と重なっています。
その代わり、山本さんの前妻との子供たちや孫たちとの関係を大切にし、義理の母・祖母として温かい絆を育んできたようです。
実子がいないという事実以上に、首相として日本を率いながら夫の介護もこなす高市さんの姿そのものに、多くの人が心を動かされています。

