ラサール石井の前妻は劇団員!離婚理由と娘2人・再婚相手まで総まとめ

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「コント赤信号」のメンバーとして、また両津勘吉の声でもおなじみのラサール石井さん。2025年には参議院議員にもなり、ますます話題が尽きませんよね。

そんなラサール石井さんを語るうえで外せないのが、32年間連れ添った前妻との離婚と、その後の32歳年下女性との再婚です。前妻ってどんな人だったの?離婚理由は?子供はいるの?と気になっている方も多いのではないでしょうか。

ここでは、前妻のプロフィールや離婚の真相、2人の娘のその後、さらに再婚相手の現在の妻まで、報道をもとにまるごと整理していきます。

◆記事のポイント

  • 前妻は劇団「テアトル・エコー」で出会った一般女性で、下積み時代を支えた“糟糠の妻”
  • 離婚は2011年。15年の別居を経て「けじめ」として成立した
  • 前妻との間には娘が2人。現在の妻との間に子供はいない
  • 再婚相手は32歳年下の薬剤師・石井桃圭さんで、出会いから4カ月のスピード婚だった
  • ラサール石井さんの前妻は、早稲田大学在学中に所属した劇団「テアトル・エコー」で出会った劇団員の一般女性で、名前や顔写真は公表されていない
  • 1979年に結婚し、コント赤信号でブレイクするまでの下積み時代を支えた“糟糠の妻”だった
  • 1995年頃から別居が始まり、約15年の別居を経て2011年1月に離婚が成立した
  • 前妻との間には娘が2人おり、離婚時はそれぞれ26歳と25歳と報じられた
  • 離婚の翌年2012年、32歳年下で薬学部生だった石井桃圭さんと再婚し、現在は鎌倉で暮らしている
芸名 ラサール石井(らさーる いしい)
生年月日 1955年10月19日
出身地 大阪府大阪市
学歴 鹿児島ラ・サール学園高等学校卒業/早稲田大学第一文学部除籍
職業 俳優・タレント・演出家・参議院議員(社民党)
所属 石井光三オフィス
家族 前妻(1979年結婚/2011年離婚・一般女性)、娘2人(前妻との間)、現在の妻・桃圭さん(2012年再婚)

まずは結婚と離婚、再婚の流れをざっくり時系列で押さえておきましょう。

出来事
1979年 早大在学中、劇団仲間だった前妻と結婚
1980年代 コント赤信号でブレイク。娘2人が誕生
1995年頃 都内にマンションを借り、別居生活が始まる
2011年1月 32年の結婚生活に終止符。前妻と離婚
2012年1月 32歳年下の薬学部生・桃圭さんと再婚
2025年7月 参議院議員に初当選(社民党・比例)

ラサール石井の前妻は劇団員!32年連れ添った糟糠の妻との離婚の真相

  • 前妻は劇団「テアトル・エコー」で出会った一般女性
  • 早稲田大学を除籍された理由は?前妻と出会った学生時代
  • 32年の結婚生活と15年に及んだ別居
  • 離婚理由は「けじめ」?2011年の離婚の真相
  • 前妻の名前や画像は公開されている?
  • 前妻との関係は今も交流がある?

前妻は劇団「テアトル・エコー」で出会った一般女性

結論から言うと、前妻は劇団「テアトル・エコー」の養成所で出会った劇団員の女性です。芸能人ではなく一般の方なので、名前も顔も公表されていません。

ラサール石井さんが早稲田大学に通っていた頃、この劇団の養成所に入所し、そこで活動していた女性に一目ぼれしたんですね。いわば同じ夢を追う仲間であり、下積み時代をともに歩んだパートナーでした。

2人が結婚したのは1979年。ラサール石井さんがまだ売れる前、コント赤信号を結成する直前くらいのタイミングです。前妻は、その後ブレイクするまでの苦しい時期を支え続けた、いわゆる“糟糠の妻”だったと各メディアで紹介されています。

ここで、出会いから結婚までの流れを整理します。

項目 内容
出会いの場所 劇団「テアトル・エコー」養成所
前妻の立場 同じ劇団で活動する劇団員の女性
結婚年 1979年(石井さんの早大在学中)
当時の石井さん コント赤信号でブレイクする前の下積み時代

下積み時代を支えてくれた相手って、本人にとっては一生忘れられない存在ですよね。実際、離婚の際にもラサール石井さんは前妻への感謝を口にしています。その話はのちほど詳しくお伝えしますね。

早稲田大学を除籍された理由は?前妻と出会った学生時代

「ラサール石井さんって早稲田中退じゃないの?」と思っている方、ここ、ちょっと注意が必要です。正しくは「中退」ではなく「除籍」なんです。

2025年6月の参院選出馬会見で、最終学歴を「早稲田大学第一文学部?」と問われたラサール石井さんは、間髪入れず「違います」と否定。「私は早稲田大学に4年通って、除籍になっています。『中退』と言うと経歴詐称になる」と、はっきり説明しています。

さらに「私はラ・サール高卒。高卒が本当です」「正しく書くなら『除籍』と書いてください」とも語り、会場の笑いを誘いました。

芸名の「ラサール」も、出身校である鹿児島のラ・サール高校に由来しているんですよ。

ここで、学歴に関する事実を整理します。

項目 内容
出身高校 鹿児島ラ・サール学園高等学校(卒業)
大学 早稲田大学第一文学部(1974年入学)
大学の扱い 除籍(中退ではない)
芸名の由来 ラ・サール高校

除籍の具体的な理由について本人は多くを語っていませんが、ちょうどこの早稲田時代に劇団「テアトル・エコー」の養成所に入り、芝居の世界にのめり込んでいったとされています。学業よりも演劇に夢中になった結果、大学から足が遠のいたと見るのが自然かもしれませんね。

そして、この学生時代こそが前妻と出会った時期でもあります。つまり、早稲田と劇団、そして前妻との出会いは、ラサール石井さんの青春時代がぎゅっと詰まった同じ時間軸の話なんですね。

32年の結婚生活と15年に及んだ別居

1979年に結婚した2人ですが、ずっと一つ屋根の下で暮らし続けたわけではありません。実は結婚生活32年のうち、後半の約15年は別居状態だったんです。これ、かなり意外ですよね。

きっかけは1995年頃。仕事が多忙を極めるなか、ラサール石井さんは都心にマンションを借りて一人暮らしを始めます。当初は舞台の稽古や脚本の執筆のための部屋だったそうですが、創作に集中するうちに、いつしか別居が常態化していったと報じられています。

本人もこの別居については「全然隠してはいなかった。報じられなかっただけで、ずっと1人で暮らしていた」とコメントしています。あえて隠していたわけではなく、自然とそういう生活スタイルになっていたんですね。

ここで、別居から離婚までの流れを整理します。

時期 状況
1979年 結婚。下積み時代を一緒に乗り越える
1995年頃 都内のマンションで一人暮らしを開始=別居スタート
約15年間 別居状態が続く
2010年12月 離婚協議がまとまる
2011年1月 離婚届を提出

15年も別居していたとなると、もはや夫婦というより「お互いを尊重する遠い関係」だったのかもしれません。あなたも、長く連れ添った夫婦の形にはいろいろあるんだなと感じるのではないでしょうか。

離婚理由は「けじめ」?2011年の離婚の真相

先に答えを言うと、ラサール石井さんが語った離婚理由は「けじめ」でした。2011年1月、32年間連れ添った前妻との離婚が成立しています。

2011年1月31日、舞台『ペテン・ザ・ペテン』の公開稽古前に報道陣の取材に応じたラサール石井さんは、離婚についてこう語りました。

「ダラダラしていても良くないと思ったので、けじめと思って」。そして、「素晴らしい奥様でした。これからも感謝し続ける。(自分は)夫として父親として、赤点だった」と、前妻への感謝と自らへの反省を口にしたんです。

長年別居していた2人ですが、娘たちが完全に独り立ちしたことも、離婚を決意する一因になったと報じられています。子育てという共通の役割を終えたタイミングで、関係に区切りをつけたという見方ですね。

ここで、離婚をめぐる本人コメントを整理します。

テーマ ラサール石井さんの発言
離婚の理由 「ダラダラしていても良くない。けじめと思って」
前妻への思い 「素晴らしい奥様でした。これからも感謝し続ける」
自己評価 「夫として父親として、赤点だった」
別居について 「全然隠してはいなかった。報じられなかっただけ」

一方で、離婚直前の2010年クリスマスイブに、20代女性とのディナーで指輪を贈っていたと『女性自身』に報じられた経緯もあります。ただ本人は「協議も済んで、心機一転と思ったのですが、(その方とは)今はいない」と説明しており、この女性が後の再婚相手というわけではないようです。タイミングの近さから誤解を招いた面はあったかもしれませんね。

前妻の名前や画像は公開されている?

ここが気になる方も多いと思いますが、結論から言うと前妻の名前や顔写真は一切公開されていません。前妻はあくまで一般の方なので、これは当然といえば当然なんですね。

ネット上では「前妻の画像」を探す動きもあるようですが、まとまった形での写真は出回っておらず、出所のはっきりしない画像がほとんどです。大手メディアでも、前妻について「劇団員だった一般女性」という以上の個人情報は報じていません。

ここで、前妻について「分かっていること」と「分かっていないこと」を整理します。

項目 状況
職業(結婚前) 劇団「テアトル・エコー」の劇団員
立場 下積み時代を支えた一般女性
名前 非公開
顔写真・画像 非公開(出回っている画像は出所不明)

一般の方のプライバシーに関わる部分なので、本記事でも前妻の個人情報を深追いすることはしません。あなたも「支えてくれた人がいた」という事実だけ、そっと心に留めておくくらいがちょうどいいのかもしれませんね。

前妻との関係は今も交流がある?

離婚後、前妻との関係はどうなっているのか。結論から言うと、現在も交流があるかどうかは公表されていません。ただ、泥沼の裁判沙汰などは一切報じられておらず、比較的穏やかな形で夫婦関係を解消したと考えられています。

再婚の際にも前妻とのトラブルが報じられた形跡はなく、それぞれが新しい人生を歩んでいるようです。15年の別居を経ての離婚ですから、お互いに感情的なしこりは少なかったのかもしれませんね。

後ほど触れますが、娘さんたちとはやや疎遠な様子もうかがえます。とはいえ、これも長い別居生活を考えれば自然な距離感ともいえます。「けじめ」という言葉どおり、ラサール石井さんなりに区切りをつけた関係なんですね。

ラサール石井の前妻との子供と再婚した現在の妻まで総まとめ

  • 前妻との子供は娘2人!写真や名前は公開されている?
  • 娘たちとの現在の関係は疎遠?
  • 再婚相手は32歳年下の薬剤師・石井桃圭さん
  • 現在の妻は何歳?馴れ初めとスピード婚の真相
  • 嫁・桃圭さんの現在は?薬局や鎌倉での暮らし
  • 国籍は韓国?在日説デマの真相
  • なぜ社民党から出馬した?2025年参院選で初当選
  • ラサール石井の前妻まとめ

前妻との子供は娘2人!写真や名前は公開されている?

結論から言うと、ラサール石井さんと前妻の間には娘が2人います。息子ではなく、2人とも娘なんですね。

2011年の離婚が報じられた時点で、娘たちはそれぞれ26歳と25歳だったと各紙が伝えています。単純計算すると、2026年現在ではすでに40歳前後になっている計算ですね。

気になる名前や顔写真ですが、こちらも個人情報はいずれも非公開です。「子供 写真」で検索する方もいますが、娘さんたちは芸能活動をしているわけではないため、公開された写真は存在しません。一般の方として静かに暮らしているということですね。

ここで、娘2人について分かっていることを整理します。

項目 内容
人数 娘2人
離婚時の年齢 26歳と25歳(2011年時点)
2026年現在の推定年齢 40歳前後
名前・職業・写真 すべて非公開

ちなみに、現在の妻との間には子供はいません。再婚会見の時点で「妊娠していない」と明言されており、その後も出産の報道はないんです。つまり、ラサール石井さんの子供は前妻との間の娘2人だけということになりますね。

娘たちとの現在の関係は疎遠?

2人の娘さんと、ラサール石井さんの現在の関係はどうなのでしょうか。残念ながら、やや疎遠な様子がうかがえるというのが正直なところです。

再婚の会見で「娘さん2人はなんと言ってる?」と問われたラサール石井さんは、「コメント聞いてない。メールしても返事がないので黙認かと」と答えています。なんだか少し寂しい話ですよね。

考えてみれば、娘さんたちにとっては、自分たちより年下の女性が父親の再婚相手になったわけです。複雑な心境になるのも無理はありません。

15年の別居期間もありましたから、物理的にも心理的にも距離があったのかもしれませんね。

とはいえ、これはあくまで再婚当時のコメントです。その後の関係がどう変化したかは公表されていないため、現在は和解している可能性もあります。家族のことですから、外からは分からない部分も多いですよね。

再婚相手は32歳年下の薬剤師・石井桃圭さん

前妻との離婚から約1年後、ラサール石井さんは再婚します。お相手は、32歳年下の女性・石井桃圭(ももか)さんです。「再婚相手は誰?」「嫁はどんな人?」と気になっていた方、ここでしっかり整理しますね。

桃圭さんは再婚当時、現役の薬学部の女子大生でした。出会いは2011年9月、知人のお店だったそうです。

そこから交際わずか4カ月という猛スピードで、2012年1月11日に入籍。「大安」で“1並び”の日を選んだというこだわりっぷりでした。

結婚後、桃圭さんは薬剤師の国家試験に合格し、薬剤師として活躍。一部では「桃の葉薬局」という薬局を開業した経歴もあると伝えられています。単なる若い奥さんというより、自分のキャリアもしっかり築いている女性なんですね。

ここで、再婚相手・桃圭さんのプロフィールを整理します。

名前 石井桃圭(いしい ももか)さん
生まれ 1987年頃(ラサール石井さんの32歳年下とされる)
再婚当時の職業 薬学部の現役女子大生
その後 薬剤師国家試験に合格、薬剤師に
出会い 2011年9月、知人の店で
入籍日 2012年1月11日(出会いから約4カ月)

ラサール石井さんは会見で、桃圭さんを「168センチでスリムな方。小池栄子さんをタレ目にした感じ」とデレデレで紹介していました。プロポーズの言葉は「ずっと一緒にいたい。確実に僕が先に逝くけど、いい?」。これに桃圭さんは「私が幸せにします」と返したそうで、なんともロマンチックですよね。

現在の妻は何歳?馴れ初めとスピード婚の真相

「ラサール石井の妻は何歳?」という疑問、よく検索されています。結論から言うと、桃圭さんは1987年頃の生まれとされ、再婚した2012年当時は24歳でした。2026年現在では、30代後半(39歳前後)と推定されます。

ラサール石井さんが1955年生まれなので、その差はぴったり32歳。娘さんたちよりも年下の女性との結婚ということで、当時は「略奪婚では?」「財産目当てでは?」といった憶測も飛び交いました。

ただ、馴れ初めをたどると、2人が出会ったのは離婚が成立した後の2011年9月。離婚協議自体は2010年内にまとまっていたため、“略奪”という証拠は見つかっていません。スピード婚ではありましたが、不倫の末の再婚というわけではなさそうです。

ここで、年の差と馴れ初めをめぐる噂を整理します。

噂・疑問 実際のところ
妻は何歳? 再婚時24歳、2026年現在は30代後半(39歳前後)と推定
年の差は? 32歳差
略奪婚では? 出会いは離婚成立後。略奪の証拠はない
財産目当て? 桃圭さんは薬剤師として自立。根拠のある話ではない

ラサール石井さん自身、年下妻について「ロリコンと書かれますが、24歳の成熟した女性が好きなのはロリコンじゃない!」「たまたま好き合った人が若かっただけ」と語っています。世間の声を笑いに変えるあたり、さすがコメディアンですよね。

嫁・桃圭さんの現在は?薬局や鎌倉での暮らし

再婚から10年以上が経ち、「嫁の現在は?」と気になる方も多いですよね。結論から言うと、桃圭さんは現在もラサール石井さんを支える良きパートナーとして知られています。

かつて開業していたとされる薬局は、現在は閉店したとも言われています。一方で、2人は長らく暮らした都内のマンションを売却し、現在は鎌倉のマンションで暮らしているそうです。この引っ越しも、桃圭さんの助言がきっかけだったとラサール石井さんは語っています。

実は、ラサール石井さんは桃圭さんの直感を絶大に信頼しているんです。「年の差で結婚して以来、彼女の言うことを100パーセント聞くって決めてる」とまで話しています。

2025年の参院選出馬を後押ししたのも、桃圭さんの「やったらいいじゃない」という一言でした。

ここで、現在の夫婦の様子を整理します。

項目 内容
住まい 鎌倉のマンション(妻の助言で都内から転居)
薬局 かつて開業も、現在は閉店したとされる
夫婦関係 ラサール石井さんが妻の直感を絶対的に信頼
参院選出馬 妻の「やったらいいじゃない」が決め手に

年の差32歳でも、お互いを尊重し合う関係が続いているんですね。ラサール石井さん自身も「元気の源は若い嫁」と語っていて、なんだかこちらまでホッコリしてしまいます。

国籍は韓国?在日説デマの真相

ラサール石井さんを検索すると「国籍」という言葉が出てきて、「もしかして日本人じゃないの?」と気になった方もいるかもしれません。先に結論を言うと、これは根拠のないデマで、ラサール石井さんは大阪市出身の日本人とされています。

参議院の公式プロフィールでも、出身地は「大阪市」と明記されており、国籍に関する特筆すべき記載はありません。では、なぜこんな噂が広まったのでしょうか。理由は大きく2つあると考えられます。

①芸名「ラサール」の響き

1つ目は、芸名の響きです。「ラサール」はフランス語由来の学校名(ラ・サール高校)から取ったものですが、日本語離れした響きから「外国の方?」という連想が無意識に働いたとみられます。

②SNSでの政治的発言

2つ目は、SNSでの活発な政治的発言です。政権批判などストレートな意見を発信することが多く、それに反発した一部の人が「日本人らしくない」という感情を「国籍が違うのでは」というデマに結びつけた、という構図ですね。

ここで、国籍デマの構造を整理します。

事実
韓国籍・在日では? 公式プロフィールに国籍の特記なし。日本国籍とみられる
出身地は? 大阪府大阪市
デマの原因① 芸名「ラサール」の外国風の響き
デマの原因② SNSでの政治的発言への感情的反発

つまり、国籍の噂は事実ではなく、彼の言動への批判が形を変えたものだと考えられます。ネットの噂を見かけたときは、「これは批判が国籍デマに化けたものかも」と冷静に判断したいですね。

なぜ社民党から出馬した?2025年参院選で初当選

2025年、ラサール石井さんは大きな決断をします。社民党から参議院選挙に出馬し、比例代表で初当選を果たしたんです。「なぜ社民党なの?」と思った方も多いのではないでしょうか。

本人によると、出馬を打診してきたのは社民党党首の福島瑞穂さん。何度も断っていたものの、福島党首の熱意と人柄に魅力を感じ、最終的に出馬を決意したそうです。決め手は前述のとおり、妻・桃圭さんの「やったらいいじゃない」という後押しでした。

会見では「自民党など大政党から出る芸能人が多い中でなぜ社民党?」という質問もありました。これに「議員になりたいだけなら、なりやすい政党から出るのが当たり前。だけど私は皆と一緒に社民党を変えていくことにやりがいを感じた」と答えています。

掲げた政策は「消費税ゼロ」「社会保険料を半分に」「最低賃金1500円以上」などでした。

ここで、参院選出馬のポイントを整理します。

項目 内容
出馬政党 社民党(比例代表)
当選 2025年7月、参議院議員に初当選
打診者 社民党党首・福島瑞穂さん
決め手 妻・桃圭さんの後押し
主な政策 消費税ゼロ、社会保険料半減、最低賃金1500円以上

かつて下積み時代を前妻に支えられ、今は年下の妻に背中を押されて新たな道へ。ラサール石井さんの人生は、節目節目で“奥さんの存在”が大きく関わっているんですね。あなたも、人生のパートナーの影響力の大きさを感じるのではないでしょうか。

ラサール石井の前妻まとめ

  • ラサール石井の前妻は、早稲田大学在学中に所属した劇団「テアトル・エコー」で出会った劇団員の一般女性である
  • 前妻の名前や顔写真などの個人情報は公表されていない
  • 2人は1979年に結婚し、コント赤信号でブレイクするまでの下積み時代を支えた“糟糠の妻”だった
  • 早稲田大学は「中退」ではなく「除籍」で、本人が会見で明言している
  • 1995年頃から別居が始まり、約15年の別居を経て2011年1月に離婚が成立した
  • 離婚理由は「けじめ」で、本人は「夫として父親として赤点だった」と前妻への感謝を語った
  • 前妻との間には娘が2人おり、離婚時はそれぞれ26歳と25歳と報じられた
  • 娘たちの名前・職業・写真は非公開で、再婚当時はやや疎遠な様子がうかがえた
  • 離婚翌年の2012年、32歳年下で薬学部生だった石井桃圭さんと出会いから4カ月で再婚した
  • 現在の妻・桃圭さんは薬剤師で、2人の間に子供はいない
  • 夫婦は現在、鎌倉のマンションで暮らしている
  • 国籍が韓国・在日という噂はデマで、ラサール石井は大阪市出身の日本人とされる
  • 2025年に社民党から参院選に出馬し、比例代表で初当選した
  • 出馬の決め手は、現在の妻・桃圭さんの後押しだった

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